失恋したはずなのに、エリート警察官僚の再会執愛が止まりません
 数ヶ月前だっただろうか。
 真面目そうな雰囲気の男性が引っ越しの挨拶に来たのだ。男性はマンション内だというのに目深にキャップを被っており、その印象ばかり強く顔はほとんど覚えていない。

 単身用のこのマンションでは、住人同士が顔を合わせることは滅多にない。
 私も引っ越してきたときに両隣に挨拶をしたきりだ。
 両隣共に女性でほっとしたのだが、朝出る時間も帰る時間も違うようで、ドアの開け閉めの音は聞こえてくるものの、すでにお隣さんの顔も名前も覚えていない。
 単身用マンションなどそんなものだろう。

 紙袋を部屋の中に運んで、すべて袋から取り出した。
 早速、買った下着のタグを取り、洗面所の収納に入れておく。三段ある収納棚は一段にタオル、二段目に私の下着類、三段目に貴一さんの下着類とした。
 夏冬ごちゃまぜだったパジャマを衣装ケースにきちんとしまって一段空けたのだ。
 クローゼットに無造作にかけてあった服も、冬物は衣装ケースに畳んで入れて、貴一さんのワイシャツやスーツのためのスペースを作った。

 とはいえ、貴一さんがずっとここにいてくれるわけではないし、いずれ彼が宿舎に戻ったらそれも必要なくなるのだが。

 新しい下着を買ったことだし、このまま風呂に入ってしまおう。洗濯用ネットに入れた服と下着を洗濯機に放り込み、バスルームに足を踏み入れる。
 貴一さんもいないし、今日はシャワーでいいだろう。化粧を落とし、髪と身体を洗ってバスルームを出ると、用意しておいた部屋着に着替えた。
 新しい下着を身につけると、気分が上がる。新しい服は明日着よう。

「あ、洗濯もの干しっぱなしだった」

 とっくに乾いているだろう。今日の暑さだったら、出かける直前に取り込んでも乾いていたかもしれない。
 ベランダに出て、虫を払うために洗濯ものを軽く叩く。
 網戸を薄く開けて、寝室にバサバサと洗濯ものを置いていく。すべて取り込み終えたところで窓を閉めた。

「さてと、畳むかな」

 私は洗濯ものを畳むのがけっこう好きだった。丁寧に畳めると気持ちがいい。
 アイロンのかかったパリッとしたシャツも好きだし、お日様の匂いになったふわふわのタオルも好きだ。でも幼稚園で働くようになって、自分のTシャツくらいしかアイロンをかけるものがないから、貴一さんのワイシャツにアイロンを当てているとけっこう楽しい。

 アイロン掛けの必要な服を分けて、タオル類を畳んでいく。アイロン掛けの前に服や小物類をしまっていると、ふと違和感を覚えて手が止まった。

(あれ? ない?)

 昨日は洗濯をしていないため、二日分の着替えや下着を洗ったはずなのだが、どう見ても私のショーツが一枚しかなかった。

(そういえば、帽子も結局ないし……)

 以前にショーツを紛失したときのことが頭を過った。その日は風が強く、ほかの洗濯ものも飛ばされていたため、ほかの要因を考えもしなかったが。

(まさか……下着泥棒?)

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