失恋したはずなのに、エリート警察官僚の再会執愛が止まりません
 気を紛らわせるために、貴一さんのワイシャツや私の服にアイロンをかける。一枚に時間をかけても三十分もかからない。
 貴一さんが帰ってくるまでの一分一秒が長い。ちらちらと時計を見てはため息をつき、それを繰り返す。
 テレビをつけていても、なにかの音がするたびに肩が震えて、怖くてたまらなかった。

 そのとき、テーブルに置いたスマートフォンが振動し、その音に驚いた私はテーブルの角に足の小指をぶつけ悶絶してしまう。

「……っ、たぁ」

 じんじんと痛む足を抱えながらスマートフォンを引き寄せて、メッセージ画面を開く。予想通り、私からのメッセージを見た貴一さんからの連絡だった。

 ──もう帰るよ、なにかあった?

 私を案じるメッセージに「助けて」と返しそうになって、思いとどまった。ただでさえ彼の仕事に支障が出ているのに、これ以上、私の都合で振り回すわけにはいかない。
 私は「帰ってから話すね」と送り、スマートフォンをテーブルに置いた。

(やっぱり引っ越そう。なにもこの街にこだわることはないんだから。貴一さんとは一緒に暮らせなくなっちゃうけど)

 貴一さんに甘えすぎてしまっていた。彼の離れるのがいやで、最近は男の姿を見なくなったからもう大丈夫に違いないと自分に言い聞かせていた。

 彼の私物のほとんどはまだ宿舎にあり、この部屋で暮らしているのは一時的なものだ。だから、私が引っ越しを決めれば、この同棲も解消されてしまうと思った。

(明日、不動産屋さんにもう一回行って、妥協してでもここから離れたところに決めないと。帰ってきたら、貴一さんに事情を話さなきゃ)

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