失恋したはずなのに、エリート警察官僚の再会執愛が止まりません
このまま会話が終わってしまったら、もし四度目の偶然があったとしても、話しかけることはできないだろう。
せっかく話しかけてくれたのに、緊張のあまり上手く言葉が返せないことが悔しい。それでも、このまま彼との会話を終わりにはしたくなくて、仕方なく恥を捨てた。
「じゃ、邪魔じゃないですっ! あの、補習ってバレたくなくて、すみませんっ!」
「え、補習?」
「そうなんです。テストは終わったんですけど、平均以下は補習なので……その勉強を」
恥ずかしさのあまり語尾がしゅるしゅると小さくなっていく。
せっかく偶然、彼と接点を持てたというのに、自分の頭が悪いという暴露をしている。
これでは私の印象が〝近くの高校に通うおバカな女子〟になってしまうではないか。
「いつもは……こんなんじゃ、ないんですけど……」
言い訳のように言葉は余計に墓穴を掘っている気がする。
それなのに、彼はそんな私をバカにするでもなく、身体をややこちらのテーブルに近づけてきて、テスト用紙を覗き込んできた。
「数学か。これなら教えてあげられるよ」
「え、いいんですかっ!?」
私が目を輝かせると、彼は声を出して笑いながら「そんな大袈裟なことじゃない」と顔の前で手を振った。彼と縁を繋げたことが嬉しくて声を上げてしまったのだとは思ってもいないだろう。
どの公式を使えばいいのか悩んでいた問題をあっさりと解いた彼は、わかりやすいように私に説明をしてくれた。
彼に言われたとおりに問題を解き直し、答え合わせをすると、式も答えも合っている。
「あ、わかった!」
「うん、そうだね、合ってるよ。正解」
拓実にも同じように教えてもらったはずだが、そのときはまったく耳に入ってこなかったのに、彼の声を聞き漏らさないように真剣に耳を傾けていたからか理解度が違う。
もちろん彼の教え方が上手いのもあると思う。
「あ、あの、ありがとうございます! 私、松原瑠衣って言います!」
「俺は久我《くが》貴一《きいち》。この近くの大学に通う学生なんだ」
何度も彼の名前を反芻し、頭に刻む。そうしなくても忘れるとは思えなかったけれど、なにかの拍子にすぽんと抜けてしまわないように。
彼は私の四つ上の二十一歳らしい。
家で勉強するよりも集中できるため、大学近くのここによく足を運ぶのだと言った。私も似たようなもので、テスト前は毎日のようにここに来ている。
近隣の学生が多く通うファストフード店ともあって、店側も諦めているのか長居をしてもなにも言われないのだ。
「この近くって国立の? すご~い! 頭いいんですね。だからか~めちゃくちゃわかりやすかったです!」
目を輝かせて言うと、久我さんは照れたように微笑んだ。
「家庭教師のアルバイトで高校生を教えてるから、教えるのに慣れてるってだけだよ。じゃあ次の問題も解いてみて」
「はい……でも、いいんですか?」
彼のテーブルには、数冊のテキストとノートが置いてある。おそらく勉強をしにここに来たのだと思うが、私に時間を取られていて大丈夫なのだろうか。
「こういうのもなにかの縁だから」
「あとで飲み物奢りますね」
「そこまで大したことしてないって。ほら、続きをやろう」
彼はくつくつと声を立てて笑いながら、次の問題を指し示した。優しいのに有無を言わせない声の響きを感じて、自然と私の背中がしゃんと伸びる。
いまだかつてないほどに集中していたため、あっという間に一時間経っていることにも気づかなかった。
「あ、もうこんな時間か……時間は大丈夫?」
彼はスマートフォンで時刻を確認し、切りのいいところで声をかけてきた。私は慌てて店内のある時計に目を向ける。
「あ、ほんとですね。あの……甘えてしまってすみませんでした。久我さんにも、自分の勉強があったのに」
「教えるって言ったのは俺だから本当に気にしなくていいよ」
「でも……」
せっかく話しかけてくれたのに、緊張のあまり上手く言葉が返せないことが悔しい。それでも、このまま彼との会話を終わりにはしたくなくて、仕方なく恥を捨てた。
「じゃ、邪魔じゃないですっ! あの、補習ってバレたくなくて、すみませんっ!」
「え、補習?」
「そうなんです。テストは終わったんですけど、平均以下は補習なので……その勉強を」
恥ずかしさのあまり語尾がしゅるしゅると小さくなっていく。
せっかく偶然、彼と接点を持てたというのに、自分の頭が悪いという暴露をしている。
これでは私の印象が〝近くの高校に通うおバカな女子〟になってしまうではないか。
「いつもは……こんなんじゃ、ないんですけど……」
言い訳のように言葉は余計に墓穴を掘っている気がする。
それなのに、彼はそんな私をバカにするでもなく、身体をややこちらのテーブルに近づけてきて、テスト用紙を覗き込んできた。
「数学か。これなら教えてあげられるよ」
「え、いいんですかっ!?」
私が目を輝かせると、彼は声を出して笑いながら「そんな大袈裟なことじゃない」と顔の前で手を振った。彼と縁を繋げたことが嬉しくて声を上げてしまったのだとは思ってもいないだろう。
どの公式を使えばいいのか悩んでいた問題をあっさりと解いた彼は、わかりやすいように私に説明をしてくれた。
彼に言われたとおりに問題を解き直し、答え合わせをすると、式も答えも合っている。
「あ、わかった!」
「うん、そうだね、合ってるよ。正解」
拓実にも同じように教えてもらったはずだが、そのときはまったく耳に入ってこなかったのに、彼の声を聞き漏らさないように真剣に耳を傾けていたからか理解度が違う。
もちろん彼の教え方が上手いのもあると思う。
「あ、あの、ありがとうございます! 私、松原瑠衣って言います!」
「俺は久我《くが》貴一《きいち》。この近くの大学に通う学生なんだ」
何度も彼の名前を反芻し、頭に刻む。そうしなくても忘れるとは思えなかったけれど、なにかの拍子にすぽんと抜けてしまわないように。
彼は私の四つ上の二十一歳らしい。
家で勉強するよりも集中できるため、大学近くのここによく足を運ぶのだと言った。私も似たようなもので、テスト前は毎日のようにここに来ている。
近隣の学生が多く通うファストフード店ともあって、店側も諦めているのか長居をしてもなにも言われないのだ。
「この近くって国立の? すご~い! 頭いいんですね。だからか~めちゃくちゃわかりやすかったです!」
目を輝かせて言うと、久我さんは照れたように微笑んだ。
「家庭教師のアルバイトで高校生を教えてるから、教えるのに慣れてるってだけだよ。じゃあ次の問題も解いてみて」
「はい……でも、いいんですか?」
彼のテーブルには、数冊のテキストとノートが置いてある。おそらく勉強をしにここに来たのだと思うが、私に時間を取られていて大丈夫なのだろうか。
「こういうのもなにかの縁だから」
「あとで飲み物奢りますね」
「そこまで大したことしてないって。ほら、続きをやろう」
彼はくつくつと声を立てて笑いながら、次の問題を指し示した。優しいのに有無を言わせない声の響きを感じて、自然と私の背中がしゃんと伸びる。
いまだかつてないほどに集中していたため、あっという間に一時間経っていることにも気づかなかった。
「あ、もうこんな時間か……時間は大丈夫?」
彼はスマートフォンで時刻を確認し、切りのいいところで声をかけてきた。私は慌てて店内のある時計に目を向ける。
「あ、ほんとですね。あの……甘えてしまってすみませんでした。久我さんにも、自分の勉強があったのに」
「教えるって言ったのは俺だから本当に気にしなくていいよ」
「でも……」