失恋したはずなのに、エリート警察官僚の再会執愛が止まりません
「そうですか……よかった」
「よかった、はこっちのセリフだよ。焦った……瑠衣になにもなくてよかった」
「貴一さんが帰ってきてくれましたから」

 私が弱々しく微笑むと、貴一さんの腕が身体に回された。彼の胸に顔を埋めて、深く息を吐きだす。近くに立っている女性警察官は見ないふりをしてくれた。

 もう少し彼の帰宅が遅れていたらどうなっていたかわからない。窓が壊され、男が室内に入ってきていた可能性は十分にあるだろう。
 もっと早く引っ越していればと後悔が頭を過るが、とりあえず今は男が捕まってよかったと思おう。

 どうやら男は、私の真上に住む住人だったらしい。ベランダを伝い、上から下りてきたようだと警察官から説明があった。

「真上……」
「あの男となにか関わりがあった?」
「いえ、引っ越しのときに挨拶に来たくらいで」

 貴一さんに聞かれて、緩く首を振った。
 私よりあとに引っ越してきたのはたしかだが、引っ越しの挨拶で顔を合わせた以外に接点はまったくない。

「引っ越しの挨拶のとき、どんなことを話したか覚えてる?」
「たしか……名前を聞いて、私も名字だけ名乗ったのは覚えてますけど、それ以外は」

 ほかにも一言二言話したかもしれないが、数ヶ月前のことだし、特に印象に残るようなことはなにもなかった。

「そっか……」
「さっきのあの人がなにか言ってたんですか?」

 私が聞くと、貴一さんは言おうかどうしようか迷う素振りを見せた。

「あの、教えてほしいです」
「……わかった。不快に思うだろうけど……あの男、電車の中で君に触ったとき、喜んでいたと。それから恋人になったと言っていた」
「もしかしてあの痴漢っ!?」
「おそらくね」

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