失恋したはずなのに、エリート警察官僚の再会執愛が止まりません
 そういえば、電車の中で痴漢に遭ってから、おかしなことが起こり始めたのだ。私が抵抗しなかったからって、喜んでいるだなんて。
 悔しさに唇を噛みしめていると、宥めるように背中をぽんぽんと叩かれた。

「わかってるから。あいつの勝手な妄想だって」
「はい……今度、痴漢に遭ったら、絶対、我慢しません……っ」
「そうだね。でももう、瑠衣をそんな目になんて絶対に遭わせないよ」

 絶対なんてなんの根拠もないのに、私を守ろうとしてくれるのが伝わってきて嬉しかった。私は貴一さんの背中に回した腕に力を込める。

「……大好き」
「それ二人きりになってから言ってほしかったな」

 貴一さんはそう言って私の額にキスを落とした。
 私はこんなときなのにこらえきれずに笑ってしまう。

 やがて、取り押さえられた男がマンションから出てくる。
 貴一さんは私を隠すように前に立った。男は「恋人なのに」とブツブツ呟きながらパトカーに乗せられた。

 男が連れていかれ、私はべつの警察官に詳しい事情を説明することになった。
 どうやら窓を割った男がなかなか部屋に入ってこられなかったのは、ベランダ側に設置された窓が防火窓だったからだろうと警察官が言った。
 そうじゃなかったら危なかったとも。

 防火窓としてマンションで一般的に使われているのは、網入り複層ガラスだ。
 火災のときに破片が飛散しにくいため、男がドライバーを使用し窓を割っても、入れるほどの隙間ができなかったようだ。
 そういえば、ここに越してくるときに、この地域は準防火地域だから防火窓を設置していると不動産会社から説明があったのを思い出した。

 ベランダの足跡や指紋の採取に時間を取られて、警察官たちが帰ったのは深夜二時を回ったことだった。
 疲れと眠気でふらふらだったが、室内に足を踏み入れてから、そういえばベランダの窓が割れているのだと思い至る。

「ガラスが散らばってるかもしれないし、貴一さんは宿舎に帰ってもいいですよ?」

 私が言うと、貴一さんに呆れた目を向けられた。

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