失恋したはずなのに、エリート警察官僚の再会執愛が止まりません
 家庭教師のアルバイトができるほど頭がいいのだ。
 そして家庭教師を頼むのは、相当お金がかかる。
 中学の頃、私の成績が悪すぎて家庭教師を頼もうかと悩んでいた母が、ネットで調べた一回当たりの料金を見て「たっかっ!」と声を荒げていたからよく覚えている。
 一時間も勉強を見てもらっていて、なにもお返ししないわけにもいかない。

「そんなに気になるなら、次にまたここで会ったときに、勉強を教える代わりにアイスコーヒー一杯奢ってくれたらいいよ」
「また教えてくれるんですか?」
「よくここに来るんでしょ? わからない問題があったら、いつでも聞いて」
「アイスコーヒー一杯なんて、私がお得なだけです! 本当にいいんですか? 教えてもらってすごく嬉しかったので、私、図々しく甘えちゃうと思いますよ?」

 本気にしていいのか、それとも社交辞令で言ってくれているのか、私には判断がつかなかった。わかるのは迷惑そうな顔はしていない、ということくらいだ。

「図々しいって、ちょっと勉強を教えるだけなんだから、べつにいいよ。松原さん、解き方のセンスは悪くないから、惜しいなと思ったんだ。基本をしっかり学び直せば、まだまだ伸びると思うよ」
「ほんとですかっ!?」
「うん。だからいつでも聞いて」

 大学や高校がたくさんあるこの辺りには、ファストフード店やファミレスがそれこそたくさんある。迷惑だと思っているなら店を変えるだろう。

(また会えたらいいな)

 それに、補習テストをクリアして、もっと勉強をちゃんと頑張ったら、褒めてくれるかもしれない。

「あ、あの……私、補習頑張ります! 次のテスト勉強も!」

 私が手を握りしめて言うと、彼が相好を崩した。
 頑張って、と背中を押されているような気がする。


 それから私は、拓実が驚くほど真面目に勉強を始めた。
 そうすれば彼に会いに行く口実ができるし、成果を伝えれば褒めてくれると思ったからで、動機はかなり不純である。

 でも、勉強は理解できると楽しいものだった。
 小テストで初めて九十点台を取れたのだ。先生も驚いていたし、急にやる気を出した私に両親もまた、驚きつつも喜んでくれたのは言うまでもない。

 そして、二週間も経つ頃には、私は彼を〝貴一さん〟と名前で呼ぶようになり、彼は私を〝瑠衣〟と呼び捨てで呼ぶようになった。

 最初は〝久我さん〟〝松原さん〟と呼んでいたけど、学校でなんて呼ばれているかという話から、互いに名前呼びに変えようということになったのだ。
 名前で呼ぶだけで、彼の特別になったような気がして、ここ最近の私は浮かれきっている。

 今日もホームルームが終わり、帰り支度をしながら顔をにやつかせていると、わざわざ階の違う特進クラスからやって来た拓実が、私の前の席にどすんと腰かけた。

「で、今日もその男に会いに行くわけ?」

 拓実はどうしてか不機嫌な顔をして、頷く私にため息を返した。
 貴一さんとの三度目の偶然のあと、私はもちろん仲のいい拓実に報告をした。

 ──これって運命では?
 ──告白とかされちゃったらどうしよう~!

 一人で盛りあがる私に、拓実は冷めた視線を向けながらも、言い聞かせるような口調で言った。

 ──よく知らない相手と必要以上に仲良くなるのは危ないだろ。
 ──本当に国立大学の学生なのか?
 ──遊ぶだけのつもりだったらどうする。

 貴一さんを悪く言われてカチンときた私は、拓実に彼の話をするのを止めようと思ったのだ。でも、拓実は顔を合わせるたびに貴一さんのことを聞く。
 そうなると私も話す相手として拓実を選んでしまうわけで。

「も~また文句言うの?」
「文句じゃねぇ。危ないって言ってるだけだろ。それに、勉強大嫌いなお前がびっくりするくらい真面目になっちゃって気に食わないのもある」
「なんで拓実が気に食わないの?」
「俺があんだけ教えてやってたときは、警察官の話ばっかりしてただろうが」
「それは申し訳なく思ってるけど、だって貴一さん、教え方も上手いんだもん」
「お前……俺にケンカ売ってんのか」

 拓実はすっきりした目元にしわを寄せて私を睨んだ。
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