失恋したはずなのに、エリート警察官僚の再会執愛が止まりません
 私は貴一さんにも苦手なことがあると知りほっとしているくらいだ。貴一さんが家事まで完璧だったら、どこまでも彼におんぶに抱っこになってしまいそうである。
 適材適所で上手くいっているのだから、甘えられるところは私に甘えてほしい。

「ところで、今日の夜はなにが食べたい?」
「そうだな。和食がいいな。焼き魚と煮物とか」
「いいかも! じゃあ帰りにスーパーで買ってくるね」
「でも、瑠衣の手料理を拓実くんにまで振る舞うのはな……」
「拓実なんて高校の頃から、私が調理実習で作ったお菓子を食べまくってたから。ほら、貴一さんにあげたクッキーの失敗作とか」

 調理実習で作ったクッキーを貴一さんに持っていったのだが、その際、焼きすぎで綺麗に色が出なかったものは、ほとんど拓実のお腹に入った。

「へぇ、あれ拓実くんにもあげたの?」

 貴一さんの声がワントーン下がった気がして、私はしまったと口を閉ざす。

「俺より前に食べた男がいると思うと複雑」
「……失敗作ですよ?」

 またもや敬語が出ると、貴一さんは整った顔に極上の笑みを浮かべた。

「失敗作でも、だよ。あんまり俺を妬かせないように」

 貴一さんは「ごちそうさま」と手を合わせて立ち上がった。食器を食洗機に入れて、着替えるために寝室に向かう。
 私はその背を追いかけて、彼の背中に抱きついた。
 べつに彼の機嫌を取ろうと思ったわけではない。私がどれくらい貴一さんに溺れているか、伝わればいいと思っただけだ。

「瑠衣?」
「私、見栄っ張りなの。好きな人には失敗作なんて食べさせたくなかったし、美味しいって言ってほしかったし……拓実は、私が貴一さんを好きなのを知ってたから……」

 貴一さんの腰にぎゅうっと抱きつくと、彼が腕の中で身を翻し私を抱き締めた。

「ごめん、違うよ。瑠衣の気持ちは疑ってない。でも俺は……瑠衣が知らないことを知ってるから……どうしても妬いてしまう」
「知らないこと?」
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