大嫌いで大の苦手な強面上司が私だけに優しくしてくるなんて聞いていない

プロローグ

 3月下旬。長い冬が終わり温かくなって桜も芽吹くこの時期になると、社員には人事異動のお知らせがやって来る。部署異動を言い渡される人もいればそうでない人もいる。それにもし行きたい部署に行ければ大当たりだけど嫌な部署だと当然ながらはずれ。だからこの時期になると周りの社員……特に女性社員は皆戦々恐々としている。

「まお! お昼行こう!」 
「うん、今行く」

 私はまお。小港まお。この医療機器やリハビリ器具に文具などを取り扱う会社の広報部で事務をしたりwebサイトにあるブログの管理をしたりしている。広報部は比較的女性が多く年齢層も高くない。それに社員は皆優しくて穏やかなのでとても働きやすい環境だ。
 私は椅子から立ち上がると、デスク下に置いてある白いトートバッグからお弁当の入った青いランチバッグと、某カフェで購入した新作の水色の水筒を取り出した。

「まお、いつも弁当作ってるんだね」

 ランチバッグを見たらしい友人が私の顔を覗き込みながら不思議そうに尋ねてくる。

「うん。料理好きだからね。毎日作るのは苦じゃないよ」
「へえ……すごいじゃん。そのスペックで彼氏いないのもったいなくない?」
「今は別に彼氏いなくてもいいかなーーって」
「えーーっ!? それもったいないよ!」

 友人から驚かれるけど実際そう。今は別に彼氏を必要とはしていないし、恋愛する気にもならない。女友達とこうしてくだらない事を話している方が楽だ。

「別にいいでしょ、今はいらないよ」
「でもでもさみしくない? 人肌恋しくならない?」

 人肌恋しくならないかと聞かれたらまあ、嘘にはなるけどこれくらい我慢出来る範囲というか気にならない範囲と言うか。
 広報部の部屋から友達の社員とランチバッグと水筒を持って出ていこうとしていた時、入れ替わるようにして入室してきた広報部長から小港さん! と声をかけられた。

「部長! なんですか?」
「あなた、異動する事になったの……」
「えっ」

 私が異動?! しかも広報部長の顔が冷房つけてないのに凍えそうなほど真っ青だ。それを見た私は嫌な予感を抱き始める。

「あの、部長……私の異動先は……」
「営業部よ。しかも本条部長のアシスタント。要は本条部長の秘書よ」
「えっ……ええっ?!」

 それを聞いた私はその場に倒れるようにして座り込んでしまった。嘘でしょ、こんな異動嫌すぎる!

「まお! まお、大丈夫?!」
「大丈夫……な訳ないじゃん! 無理だって! 嫌だよあんな部長のとこ行くの!」
「ごめんなさいね、小港さん。私も断ったんだけどあっちは人手が足りないからって……」

 本条部長。この会社にいる人なら皆知っていて、皆嫌いか苦手な人。
 簡潔に言うならものすごく優秀だけど厳しくて強面の怖ーーい営業部長。私の大嫌いな人物である。
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