大嫌いで大の苦手な強面上司が私だけに優しくしてくるなんて聞いていない
 みおに指摘されただけで両頬からは一瞬で火のように熱が出てきて熱くなる。

「姉ちゃん図星じゃん」
「でもあの人怖い人なんだよ?!」
「だけどさあ、優しくされただけでそうなるのはちょろいよ。騙されてるかもしれないんだよ?」
「まあ、そうかもしれないけどさ……」
「だから1回落ち着いた方が良いよ」
「そうする」

 確かにみおの言う事は間違ってないと思う。過去に私は彼に叱られて嫌な思いをしたわけだし。でもなぜか弁当の味が急にまずくなったような気がした。
 なんとか全部食べ切ってお味噌汁も全て飲み干し、ナゲットと肉野菜炒めをつまんだ私はお皿を流しのシンクへと置いて自室へと戻っていった。
 自室に到着した後は小学生の頃から愛用している白い勉強机の棚からメイク落としを取り出して顔を拭いてメイクを落とす。そしてベッドの上に大の字になった。

「はあーー……」

 おかしい。何がおかしいのかまでは言葉に出来ないけどなにかがおかしい。そのまま私は目を閉じた。
 次の日。体調は特に問題なかったので出社する事にした。本当は休みたいし出来たら広報部に戻りたい。でも仕方ない。

「いってきます」

 母親と大学へ行く準備を進めるみお、今日も中学を休む気満々のしおに挨拶をしてから自宅を出た。オフィスビルに到着して営業部のある部屋へと入ると社員がおはようございます。と挨拶してくれた。

「おはようございます」
「昨日は大丈夫でしたか? 部長から体調崩したって聞いて」
「あっそれなら大丈夫です」

 へこへこと赤べこのように頭を下げながら社員に挨拶しつつ自分のデスクに到着する。まだ本条部長は来ていないようだが私のノートパソコンの上には白い紙が1枚置かれていた。

「なんだろ」

 白い紙をひっくり返してみるとそこにはシャーペンで丁寧な文字が書かれている。

「昨日の仕事は全て私がやりました。ご心配なく。本条」
「わわ……」

 どうしよう。これは絶対怒られる。という気持ちとご心配なくと書いてあるし案外どうにかなるんじゃないか? と開き直る自分が同時に胸の内からにょきっと芽を出した所で後ろから本条部長がおはようございます。まおさん。と声をかけられた。それと同時に周りにいた社員は蜘蛛の子を散らすように一斉に営業に出たりバッグに荷物を入れ込んだりする。やっぱりあんなに優しいのは私だけみたいだ。

「お、おはようございます」

 いつものように灰色のスーツにびしっと固めたオールバックの髪型にきりりとした顔つき。だが口角は少し穏やかそうに見える。

「元気そうで安心しました。そこに書いてあるように昨日の仕事は全部私がやっておきましたのでご心配なく」
「すみません……ありがとうございました」
「そこまでへこへこ頭を下げなくて良いですよ。部長としてそれくらいカバーさせてください」
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