大嫌いで大の苦手な強面上司が私だけに優しくしてくるなんて聞いていない
 真っ赤な外車はてかてかに光っていて傷も汚れも一切ない。窓ガラスも砂1つついてないくらいに綺麗だ。

「う、わ……」
「初めて見ますか? こういう車」
「あ、はい。初めて見ます……」
「では助手席にどうぞ。ちゃんと片付いていますからご心配なく」
(助手席?! そ、そうだよね……助手席だよね)
「し、失礼します……」

 車の中は臭い事も無く、芳香剤の匂いが漂っている事もない。ほぼ無臭に近い状態だ。棚や座席の下などに荷物は1つも置かれていない。

「すごい綺麗なんですね」
「あまり荷物は置きたくないので。芳香剤とかも苦手なんですよね……」
(私と同じだ)

 私も芳香剤はあまり好まない。あの独特な匂いはちょっと気持ち悪くなる。両親も妹達も芳香剤は好まないし、しおに至っては柔軟剤の香りからたばこの匂いに焼肉の匂いと言った強めの香りはどれも無理だ。
 芳香剤が苦手と知った事で迂闊にも本条部長へと少しだけ親近感を抱いてしまう。

「私と同じですね。私も芳香剤苦手なんです」
「そうなんですね。奇遇です。ふふっ」
(なんだその笑いは!)

 多分嬉しかったのかな。と思いつつ私は別に嬉しくもないが……と強がりながら車は発進し最初の営業先である総合病院へと向かいだした。
 最初に訪れる営業先は○○市総合病院。オフィスからはわりと近い場所にある総合病院で内科・外科・整形外科・小児科・眼科・皮膚科を取り扱っている。今回営業で売り込むのはガーゼ。吸水性に優れ従来品と比べても軽量化も果たしているとか。
 とりあえず営業で足手まといにならないためにもパンフレットを読み込む。

(とりあえず最低でもどんな製品かは頭に叩き込んで置かないと)

 じっくりと読みこんでいるともう到着しますよ。と本条部長から声をかけられたのでパンフレットをファイルにしまった。

「真面目ですね。しっかりと商品について勉強するだなんて」
「いやそんな。足手まといにならないようにしなきゃと思っただけです」
(どうせ戦力にならないなら極力足手まといにならないようにしなきゃ)
「あなたはいるだけで足手まといにはなりませんよ」
(嘘だあ……)

 駐車場に車を止め、救急用の出入り口から病院内に入るとそのまま階段を上がった。階段を登り終えた先にあるのは病棟だった。

「今回は看護師長とお話をさせていただくようになりますので、よろしくお願いします」
 
 先を行く本条部長が後ろにいる私へと振り返り、そう告げた。
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