大嫌いで大の苦手な強面上司が私だけに優しくしてくるなんて聞いていない
「これ、どうぞ」

 本条部長から手渡されたのは私の名刺だった。デザイン的におそらく社内のテンプレを使って作られたものだが、いつの間にか用意されていたとは。

「ありがとうございます」
「昨日作っておいて正解です。早速役に立つとは思いませんでした。では行きましょう」

 カツカツと革靴を踏み鳴らしながら歩く本条部長。透明のガラス張りが美しいナースステーションにて呼び鈴を鳴らし、看護師へ自己紹介しつつ看護師を呼ぶようにと伝える。
 その態度は私へ向けられているものとおおむね変わらないが、少しだけ起伏が少なくのっぺりとした印象を受けた。営業スマイルって所だろう。

「お待たせしました」

 白衣に紺色のカーディガンを羽織った長身に華奢な体型をした看護師が現れる。どうやらこの方が看護師長らしい。

「はじめまして。今日はよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「いえいえ。まさか営業部長が自らおいでになるとは。ではお話お伺いさせていただきますね」

 ナースステーションの中にある面談室に通された私達。ちょっと狭いけど白を基調とした清潔感のある部屋だ。普通なら院長と商談を交わすのだが今は学会出張の為不在だそう。

「ではさっそくこちら名刺になります」

 本条部長→私の順でそれぞれ名刺交換を行った。すると私の名刺を見た看護師長がふうんと小さく呟く。

「営業アシスタントを新たに配属されたのですか?」
「ええ、彼女をぜひ私のアシスタントとしたくて」
(えっ?! そんな事聞いてないですけど?!)

 しかしここは大事な営業の場所。そんなツッコミを声に出せるわけもなく心の中でとどめておくしかなかった。

「そうですか。小港さんよろしくお願いしますね」
「は、はい! よよろしくお願いします!」

 挨拶のあとは早速商談に入る。ペラベラと商品について語り売り込みを図る本条部長には正直ついていけないので頷いたりとりあえずはい。と返事するくらいしか出来なかった。
 しかも看護師長はぜひガーゼを導入したいので契約したいがすぐには契約出来ないのでまた院長と話してお会いしたいと言い、商談は終わったのだった。どうも看護師長は院長の奥様らしい。だからこうして私達とお話出来ているのか……なるほど。

「すみません、今日中には結論出せなくて」
「いえいえ。お気になさらず。またのご連絡をよろしくお願いします」
「……あ、この時間なら電話が繋がるかも。ちょっと電話しますね」
「わかりました。お願いします」

 看護師長がスマホをズボンの左ポケットから取り出して電話をかけると商談の内容を伝え終わるや否やオッケーという返事が出た。
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