大嫌いで大の苦手な強面上司が私だけに優しくしてくるなんて聞いていない
 到着したサービスエリアはちょっとした観光地になっているみたいで、平日であるにも関わらず子供連れやカップルに家族達や団体などの姿が見られる。おそらく彼らがお目当てにしているのはサービスエリア内にある温泉だろう。

「ここ温泉があるんですね」
「まおさん、入られます?」
「えっ」

 そんな仕事中に温泉なんかに入ったら怒られる……! それに営業先に遅れてしまったらと思うと怖くて入りたいなんて言えない。

「いえ、遠慮しておきます」
「おそらくお時間を気にされているものと思われますが……早くに到着しそうなので時間はたっぷりありますよ?」

 なんだか本条部長に自分の考えを見透かされているような気分がしたのは気のせいだろうか。

「え、そうなんですか?」
「はい。最初の営業先が思った以上に早く済んだのでね。それにここ温泉があるのは知ってましたから」
「じゃあ、部長は入ります?」

 ここは本条部長も温泉に入らないとなんだかフェアじゃないような。自分だけ入って本条部長を待たせるのは申し訳ない。

「……まおさんがそう仰るなら入りますか」
「そうですね……」

 すると本条部長があ。と小さく声を出した。彼の目線の先には足湯コーナーがある。

「あれにしませんか? あれならその……一緒に入れますし」
(あ、そうか……えっ部長と一緒に?!)

 確かに足湯なら着替えやメイクを直す手間も省ける。だが彼と一緒に入るのか。正直に言うと本条部長と一緒に足湯を楽しむという事に対してきゅんとした何かを感じている自分がいる。

(一緒に入りたがってるし……仕方ない、覚悟を決めるか)
「じゃあ、一緒に入りますか……」
「ええ、お願いします」

 本条部長の顔には似合わぬ子供のように嬉しそうな笑顔を見て私は思わず笑ってしまった。あ、しまった! と思ったが時すでに遅し。なんで笑ったんですかと本条部長から問われてしまう。

「すみません! その、本条部長もそうやって子供みたいに笑ったりするんだなって……」

 嘘が思いつかなかったのでここはもう正直に答えるより他なかった。

「へへ、まおさんと一緒に足湯楽しめるのが嬉しかったので……」

 控えめだけどとても可愛らしい微笑みを間近で見てしまった私の胸がどきっと高鳴った。
< 16 / 30 >

この作品をシェア

pagetop