大嫌いで大の苦手な強面上司が私だけに優しくしてくるなんて聞いていない
(こんなに可愛い笑い方するなんて……反則でしょ)

 キュンキュンと高鳴る胸を右手の拳で押さえつけながら足湯コーナーへと歩き出す。足湯コーナーには既に女の子が1人とその子供の祖母と見られる年配の女性が1人いた。

「おばあちゃん思ったより熱くないねーー」
「そうねえ。おばあちゃんは熱いのあんまり得意じゃないからこれくらいが丁度いいねえ」
「おかあさんまだ戻ってこないねえ」
「たこやき買うって言ってたからねえ。並んでるんじゃない?」

 という家族の会話が耳に入って来た。たこやきかあ。私も食べたい……。あの外がこんがりさくっとしてて中がほわほわな某所のたこ焼きが一番好きだ。

「すみません、失礼します」

 と一足先に革靴と靴下を脱いだ本条部長がかがみながら足湯コーナーの隣にあるシャワーコーナーで足の汚れを落とし始めた。するとそのシャワーコーナーの近くにいた女の子が部長からそそくさと離れ始める。

「おばあちゃんこの人怖い」

 思いっきり本条部長を指さしながらおびえた様子を見せる女の子に年配の女性はちょっと! そういうのは言っちゃだめでしょ! とすかさず制する。しかし本条部長はよく言われます……と営業スマイルを見せながら答えると女の子は少しだけおびえが落ち着いたのか態度を軟化させた。

「そうなんだあ……大変だね」
「そう。大変なんだよ」
「おじちゃんごめんなさい。見た目で判断しちゃだめだね」
「そうよお。ちゃんと謝れてえらいねえ」

 その後2人は足湯を終えてシャワーで足を洗ってから持参してきたと思わしきタオルで足を拭いてからその場を去っていった。それと入れ替わるようにしてシャワーを終えた私は先に足湯につかっていた本条部長の右隣に座る。

「失礼しまーーす……」
「どうぞ」
「ああ……思ったより熱くなくていいですね」
「ぬるま湯は良いですね。私も熱いのは得意じゃないので」
「私も同じです……熱いの苦手なんですよね……」
「奇遇ですね。まさかそこで嗜好が合うとは」

 さっき見せた嬉しそうな笑みと近い笑みを見せる本条部長。うん、このまぶしい笑顔はやっぱり反則だ。見ただけで胸がキュンキュン高鳴ってしまうから近くで見るもんじゃない。

「足湯終わったら昼食食べますか」
「そうですね……」

 ちなみに今日も私は自作の弁当を持参している。自作とはいえほとんど冷凍食品なのだけれど。
 そういえば本条部長の好きな食べ物はなんだろうか?

(聞いてみようか……でも勇気がいるなあ)
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