大嫌いで大の苦手な強面上司が私だけに優しくしてくるなんて聞いていない
「まおさんの言う通りです。少しでもかつ手軽に社員の健康促進に繋がれればと考えています」
「確かにそうだよなあ。それにそちらの血圧計はコンパクトサイズで持ち運びもしやすい。よし、うちに導入させて頂きますわ!」

 工場長はすくっと立ち上がる。そこには一種の気合いも見て取れた。
 それからはあっと言う間に契約書にサインし、商品の買付も行なった。

(すごいなあ……本条部長。ここまで2回とも契約取れてるし。営業からすればこれが当たり前なのかもしれないけど)

 工場を後にしてからは更に2件工場から近い場所にある営業へと向かい、いずれも本条部長は契約を取り付けた。
 それにしても今日の営業全てにおいて本条部長の様子は饒舌で説明もわかりやすく終始穏やかな営業スマイルを浮かべていた。

(ほんと、キャラ作ってる感じだったな)

 対して私は勿論特に活躍する事も無く。言葉通り本条部長の側にいるのが精一杯だった。仕方ない、私には営業の経験なんて無いのだから。
 最後の営業先だったクリニックの駐車場に停めてある本条部長の車の扉を開けた時、ぽつりぽつりと雨が降り始めた。

「あ、雨が……」
「急いでオフィスに戻りましょう」
「は、はい……」

 車の座席に座り、扉を閉めてシートベルトを締めると一気に雨足が強くなった。

(うわ、今日私傘持ってきてないんだけど!)

 まさかバケツをひっくり返した豪雨になるなんて。そもそも今日は雨が降るとは全く予想していないので傘も無ければ折りたたみ傘も無い。これは濡れながら帰る事になるのが確定になりそうだ。

(仕事終わっても降ってるならお母さんかみおに電話して迎えに来てもらおうかな……)

 窓ガラスにある黒いバンパーが繰り返し左右に動いている。車が動き出して一般道を走行している間もずっと雨は降り続いている上に止む気配は無い。

 ゴロゴロ……。

 しかも遠くからは雷の音も聞こえ始めている。

「雷鳴り始めましたね……早く帰らないと」
「そうですね……」
「まおさん、傘あります?」
「いや、ないです……今日雨降るなんて全く思ってなかったので」
「じゃあ仕事終わったらまたこの車に乗ってください。家まで送ります」
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