大嫌いで大の苦手な強面上司が私だけに優しくしてくるなんて聞いていない
「ああ、でしたらここを出てすぐに競馬場があるのでその隣にあります。建物はどれもカラフルですしホテル街の入口付近にはコンビ二もあるのでわかりやすいと思いますよ」
「教えていただきありがとうございます」
「お客さん、傘無いなら貸しますよ」

 スタッフが白い半透明のビニール傘を2本用意してくれたのでありがたく受け取り、本条部長と施設を去っていった。
 外は雨が降りしきる上にまだ雷鳴が鳴っている。もしかしたら雷雲がいくつも出来ているのかもしれない。

「すごい雨ですね……」
「そうですね。早くホテルで身体を休ませましょう。もうこんな時間ですし……」

 足早にホテル街へと歩く本条部長を後ろから追いかけるようにして歩く。すると程なくして競馬場が見えた。

「ここですよね、競馬場」
「そうですね。近くから見ると思っていたよりも大きい建物ですね」
「そうですね……部長は競馬はするんですか?」
「いや、テレビでたまにG1レースを見るくらいです。賭けたりはしません。あと馬関係で言うなら家の方針で乗馬は習っていました」
(うわ、金持ちじゃんか)

 競馬場の入り口まで足を運ぶと人の出入りがちらほらだが見受けられる。どれもスーツ姿の男性ばかりだ。こんな雨とはいえレースはやっているのか。
 彼らを横目で見ながら、私は本条部長を追いかけるようにして歩く。と後ろから何か悲鳴のような声があがった。のと、おおよそ人間のそれではない足音がこちらへと向かってくる。

「危ない! 避けて!」

 後ろを振り返るとそこには白いゼッケンをつけた茶色の競走馬がこちらへと歩いてきていた。これはぶつかったら大変な事になる!
 
「まおさん! 私の方へ!」

 本条部長はそう言うと私の腕を掴んで部長の方へと引き寄せた。そのおかげで迫りくる馬から少し距離を稼ぐ事が出来た。その隙に私は走って逃げだすが本条部長はなんと逃げずに持っていた傘を後ろの方へとぽいっと置き、そのまま慣れた手つきで馬の手綱を引き馬を捕まえると、馬の首をなでたりして馬を落ち着かせている。それに馬は逃げ出そうとも抵抗しようともせずむしろうっとりしたかのように本条部長と一緒に歩いていた。

「え……?」

 程なくして馬の担当厩務員と思わしきパンツスタイルのスーツにヘルメットを被った女性が現れて馬は無事引き渡された。厩務員が本条部長へ何度も頭を下げながら競馬場へと戻っていった。それを見送り傘を回収した本条部長は私の方へと早足でやって来る。

「お待たせしました。では行きましょう」
「や、部長すごくないですか? あんなに手慣れた手つきで……」
「馬の扱いには慣れていますからご心配なく」
(すごいなあ……部長は)

 本条部長はいつの間にか私の前を歩いていた。だがぴたりと彼の足が止まる。目の前にはさっきスタッフの人が言ってたコンビニがあるがその後ろから奥にはカラフルで毒々しいネオンも光る建物がいくつも並んでいたからだ。

「あ、ここって……そういうホテル街ですか?」
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