大嫌いで大の苦手な強面上司が私だけに優しくしてくるなんて聞いていない

第1話

 異動してきて初日の朝礼。私は針で全身を刺されるような恐怖感に怯えながら挨拶をしていた。だって私の右横には紺色に白い細い線が入ったスーツに身を包んだ本条部長が腕を組みながら立っているからだ。この立ち方な時点で嫌な感じが漂っているので早く本条部長から離れたくなるし出来ればさっさと家に帰りたい。

「はじめまして、小港まおです! 広報部からから来ました。よろしくお願いします!」

 営業部は男性社員しかいないみたいだ。となると私は紅一点という事になる。社員はパチパチとまるで軍隊のように統制の取れた拍手を送る。すると本条部長が私の方へと身体を向けた。

「小港まおさん。はじめまして。営業部長の本条と申します。これからは私達と一緒に頑張りましょうね」

 ……聞いていた話と違う。なんであんな人が私を見てにこにこと笑っているんだ。
 あまりにも優しすぎるし怖さが全く無い。記憶よりも2オクターブくらい高い声に女神のような柔和な笑みをたたえている本条部長の顔が視界に入ったので私は自分の頬を叩いてこれは夢じゃないかと確かめたくなる。
 まさか自分の嫌いな人がこんなに優しい態度をするだなんて。一瞬だけ胸がキュンとしたが、これは罠かもしれない。最初だけイメージアップの為に優しくしているだけだろう。上げて落とすやつだ。そう口をぎゅっと結んで警戒していると本条部長の口が開いた。

「ではまおさん。早速お仕事はじめていきましょう」
「ま、まおさん?!」

 本条部長からまさか下の名前で呼ばれるだなんて思ってもみなかったので、つい口走ってしまう。

「いかがしましたか? まおさん?」
「あ、いや……まさかまおさんって呼ばれるとは思っていなくて」

 背後からはちらちらと椅子に座ってパソコンを見ていたり立って営業先へと向かう準備をしている営業部の社員からの目線が突き刺さるように向けられているが、本条部長が彼らをジロッと猛禽類のように睨みつけると一瞬でその目線は全て消えた。

「そうでしたか。まおさんの名前の響きが可愛くてついまおさんと呼んでしまいました」
(か、可愛い?!)

 可愛いと言われた私の頬が段々と赤く染まり熱を帯びていくし胸キュンが止まらない。大嫌いで苦手な人からこんな事言われるだなんて……気がおかしくなってしまいそうだ。
 
「そ、そんな……いやはや」
「では名字の方が良いですか?」
(や! 近い、顔が近い!)

 本条部長が私の顔を覗き込んで来るので互いの顔同士が近い距離になる。こんな至近距離で本条部長の顔を見るなんて……!

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