大嫌いで大の苦手な強面上司が私だけに優しくしてくるなんて聞いていない
「緊張しているようですね。どもっていますよ? では失礼」
「えっ」

 本条部長は私に近づくや否や私の両肩に手を乗せるとそのまま肩を揉み、マッサージを始めた。

「ひゃあっ?!」

 本条部長からまさか身体を触られ肩を揉まれるなんて……いつもならリラックスできるのに全然リラックスできないし緊張がほどけるわけがない。なのに……。

「肩の力を抜いてください」

 そう私の右肩で微笑みながらささやく本条部長の声がすごい色っぽい。それに間近で見るとやっぱりかっこよくてセクシーで魅力がすごい……。大嫌いで苦手な人にこんな感情を抱くなんて初めてだ。キュンキュンどころか心臓がバクバクいってて頭の中がぐるぐるとしていて混乱も止まらない。

「ぶ、部長……わわ……」
「結構凝ってますね。しっかりもみほぐさないと」
(部長の息が肩にかかって……なんでこんなにドキドキが止まらないんだろう。もしかして本条部長って優しくていい人?)

 いやそれはまだ信用できない。彼の事はまだ信用できないのに……。なんでこんなドキドキしているんだろう……?
 しかしながら私の視界が次第に真っ黒になっていき、全身の力が抜けていった。

「……まおさん、まおさん!」
「っ!」

 目が覚めると視界には見知らぬ天井が広がっていた。白くてきれいな天井。汚れもシミも一切なくて視界の両端には銀色のカーテンレールが設置されている。私の家じゃないという事はここは病院か?

「まおさん、気が付きましたか?」
「えっと……ここは?」
「総合病院です。あなたは救急車で運ばれて点滴を受けている状態です」
「あ……」

 私の左腕には確かに点滴の針が刺さっている。無色透明の輸液がぽたぽたと滴り落ちているのも見えた。がばっと起き上がろうとすると本条部長が動かない方が良いと言って私の動きを手で制してきた。

「いきなり起き上がってはいけません。しばらく横になっていた方がよろしいかと」
「っすすみません……」
「あ、目が覚めましたか?」

 部屋に若い茶髪の看護師が1人入室してきた。彼女は点滴の残量を見るとまた来ますとだけいって去っていく。

「……すみません、部長」

 おそらく救急車を呼んだのは本条部長だ。それに彼の足元には私のトートバッグもそっと置かれているのがさっき起き上がった時に見えた。ああ、異動初日にこうなるなんて……。

「謝らないでください。緊張で失神するとは思いませんでしたがあなたのミスではありません」
「……だって救急車呼んだりしてくれたの、部長ですよね? てっきり怒られるものだと」
「何を言っているのですか」

 本条部長の真剣なまなざしが私の身体全てを射抜くように向けられた。
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