大嫌いで大の苦手な強面上司が私だけに優しくしてくるなんて聞いていない
「怒る訳がありません。むしろ私が責任を感じているくらいです。異動初日にここまであなたを緊張させてしまうだなんて」
「ほ、本条部長……」
「広報部とは環境も違うでしょうからよりよくあなたに努めて頂けるようにと思ったのですが、まだまだ配慮が足りていないようでした。重ねてお詫び申し上げます」
 
 本条部長がその場から立ち上がってかぎかっこくらい深々と頭を下げた。部長のその姿を見て私はいやいやあやまらないでくださいと言うだけで精いっぱいだった。
 ドラマや小説なんかで嫌いな人がごめんなさいと謝るシーンを見るとすかっとする。けど今はなぜか申し訳なさでいっぱいだしそれにしても本条部長はなんでこんなに優しいんだろうか? 私何かしたっけ? という気持ちになってしまう。

(何か部長に良い事でもしたのかなーー? でも思い出せない……)
「まおさん。ご両親にも連絡いたしましたから今日はこのままゆっくりお休みください。残りの仕事は全部私がやっておきますので……」
「ええっ?!」

 そんな、そこまでするなんて! なんだか申し訳ない気持ちで胸がいっぱいになるとともにこれが弱みとして握られたらどうしようというまだ部長を信用できない思いが胸と頭の中をぐるぐると周る。私が起き上がって部長へと口を開いた時、部屋の扉ががらっと開いて先ほどの看護師と母親が入室してくる。

「まお! どしたの失神しただなんて……!」

 白くて大きな変なロゴが入ったTシャツにグレー色で分厚めの長袖カーディガンというファッションに心配そうな表情を浮かべている母親。そりゃあ娘が職場で失神したと聞けば心配するはずだ。着替える間もなく来たのが分かる。

「お母様。この度は私が彼女を緊張させてしまっていたようで申し訳ありませんでした」
「あ、あなたは……? 会社の方ですか?」

 母親がいぶかしみながら本条部長を見る。すると本条部長は持っていた革製のバッグからラッピングされたちょっと小さめの菓子折りを渡す。いつの間にそんなものを入手していたのか……もしかして私が気を失っている間に病院の売店か近くの店でも購入したのだろうか?

「お詫びと言っては何ですが、どうぞ」
「えっ……あっはい……」
 
 なんと母親の表情が一瞬にして乙女のそれへと変貌を遂げた。いやいやいや、菓子折り貰っただけでそんな表情になるか? と思わずツッコミを入れたくなるが、本条部長がいるのでやめた。

「いえいえ……」
「では私は一度会社へと戻ります。明日も休むようでしたらお早めにご連絡ください」

 本条部長が荷物を持って早足で退出していった。待って……! と彼を引き留めたかったけど、その言葉は胸の途中で止まってしまい言い出せなかった。
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