となりの最強魔王さま

 優里が状況を理解できず呆然として固まっている間に、理久は長い脚を動かし大股で目の前にやってきていたらしい。
 うるうると瞳を潤ませ、肩上までの黒髪を揺らしながら優里に飛びついてきた。

「ゆうちゃん! 会いたかったよ!」

 優里を包み込む腕は力強く、すぐ目の前にある肩も、優里の記憶に残っているよりもずっと逞しくなっている。
 だけど、ぎゅうぎゅうと抱きしめてくる彼からふわりと漂うお日さまのような香りも、女の子顔負けの美形な顔も、紛れもなく理久のものだった。

「ほんとにりっくん、なの……?」
「そうだよ。僕のこと忘れちゃったの?」

 優里はやっと肩の力を抜いて、小学生の頃よくやっていたように抱きついてくる理玖の背中をポンポンと軽く叩いた。
 こうすると昔はおとなしく優里のことを離してくれた理玖であるが、なぜか今日はますます強く抱きしめてくる。

「ぐぇ」

 思わず喉の奥から変な音を出してしまった優里は、どうしたものかと困ったように視線を彷徨わせた。
 
 すると、いまだに地面に這いつくばったまま鼻血を流している男たちと目が合う。彼らは抱き合う優里と理玖のすぐそばでコチラを凝視したまま固まっていた。
 
 居た堪れなくなった優里は思わず理玖に問いかける。

「あの。りっくん、これはどういう状況なの?」
「…………」
「りっくん」

 優里の問いを無視する理玖に、思わずかつて彼のことを怒るときにやっていたように、語尾を強めて呼んでしまう。
 すると叱咤されているというのになぜか嬉しそうな様子の理玖は、男たちには目もくれずに優里に向き直る。

「急に襲いかかられて、びっくりしっちゃって、つい……」
「暴力はいけないと思う!」

 しおらしく言い訳しはじめた理玖であるが、優里は彼が腕を振り上げるところもばっちり見ている。
 にわかには信じがたいが、ここで伸びている男たちはつまり、理玖にやられてこうなったということなのだろう。

(虫も殺せないようなりっくんが喧嘩なんて……)

 すっとぼけたままの理玖の腕をさりげなく解き、男たちの傷を確認するためにその隣をすり抜けようとした優里だったが、腕をガシッと掴まれた。

「危ないから近づいちゃだめだよ」
「でも傷が……ひどいようなら手当をしなきゃ」

 やっと冷静に周囲の状況が確認できるようになった優里が男たちへ近づこうとするも、理玖が強く腕を掴んだまま放してくれない。

「僕の前で別の男に触れないでよ」

 ムスッとした表情で呟く理玖に、優里は驚いたように目を瞬かせた。
 昔から優里が他の友人たちと仲良くしたりすると寂しそうにしていた理玖だが、怪我をしている人たちにまでこの態度はいただけない。

 再び注意しようと口を開きかけたところで、理玖が振り返って男たちに視線をやった。
 その表情は優里からは陰になり見ることができなかったが、理玖の顔を見た男たちは焦ったように立ち上がり始めた。

「だ、大丈夫っす! 全然平気っす!」
「オレも!」
「そうです。ちょっとふざけすぎただけなんで」

 なぜか棒読みで答える人もいたが、実際ひどいケガをしている人はいないようで、男たちは互いに起こしあうとそそくさとその場から立ち去ってしまった。

 明らかに何かに怯えていたような男たちに思わずジト目になった優里の頭を理玖が優しく撫でる。

「ほら、大丈夫だったでしょ? そろそろ入学式だろうから一緒に行こ?」

 屈託のない笑顔は昔のままなのに、有無を言わさないような無言の圧力を感じた優里は何も言うことができず、ただコクコクと頷いたのだった。



< 10 / 19 >

この作品をシェア

pagetop