となりの最強魔王さま

「優里ちゃん、久しぶりね。すっかりお姉さんになったわね」

 放課後、理玖と共に彼の家にお邪魔すると、理玖の母であるがにこやかに出迎えてくれた。 
 机の上には豪華なご飯が並んでいる。理玖の母と優里の母で協力して作ったらしい。
 昔から優里の母と理玖の母は仲が良く、頻繁にお互いの家で食事を共にすることがあった。 


 今日は父親はどちらも帰宅が遅くなるということなので、夕食の準備が整うと四人で手を合わせて先に食べ始める。

「それにしても理玖くん、かっこよくなったわね〜」

すでにいくつか缶ビールを開けている優里の母がほろ酔いな様子で口を開いた。

「身長ばっかり伸びて、中身は全然変わっていないわ」

 たおやかな見た目に反してはっきり物事を言うタイプである理玖の母は、特に反論することなく静かに食事をとっている理玖を横目に見ながらため息を吐いた。

「中学では柔道部に入るっていうから、少しは男らしくなるんじゃないかと期待したのに……。せっかく期待してくれてた監督の期待も裏切って一年でやめたあげく、毎日放課後はふらふらと遊んでばかりだったのよ」
「そうなの? 意外だわ」

 母親たちに好き勝手に話題にされている当の本人はというと、全く気にした様子もなく優里に楽しそうに話しかけてくる。

「ゆうちゃん、ローストビーフ好きだったでしょ? もっと食べる?」
「うん、ありがとう。……ねえ、りっくん」
「どうしたの?」
「昨日のことなんだけどさ、どうしてあんなことしてたの?」
「あんなことって?」
「だから……喧嘩? みたいな」

 優里は目を伏せたままおそるおそる昨日から聞きたかったことを尋ねる。頭の中には、昨日体育館の裏で男たち相手にこぶしを振り上げていた理玖の姿が浮かんでいた。

「別に僕から手を出したわけじゃないよ。ただ、あいつらがゆうちゃんに……」
「え?」

 地を這うような低い声で小さく呟かれたその先の言葉はうまく聞き取れなかったものの、のどやかな夕食の雰囲気だった部屋の温度が少しだけ下がったような気がした。
 優里は身を竦ませたが、理玖が不機嫌になったのは一瞬だけで、フッと安心させるように笑いかけてくる。

「ゆうちゃんは何も心配しなくて大丈夫。僕が守ってあげるからね」

 そう言って向かいの席から優里のほうへと手を伸ばす。
 その意図が掴めなかった優里が不思議そうに目で追っていると、ゆっくりと近づいてきた理玖の手が優里の唇の端へと触れた。

「ついてたよ」
「!」

 まさかのご飯粒がついていたらしい。
 なんだか恥ずかしかったので、優里は「えへへ」と笑って誤魔化してみたが、理玖がとったご飯粒をそのまま自分の口に入れたので驚いて箸を落としてしまう。

「な、な、なんでっ! 今食べてっ!?」
「どうしたの、ゆうちゃん。昔はよくやってたでしょ」

 確かに昔は同じジュースを飲み回したこともあれば、一緒にお風呂も入ったこともあるので、今更気にするようなことではないのかもしれない。それはそうだ。そうなのだが……。

(昔と今を一緒にしちゃだめな気がする!)

 離れていた三年間の間に見違えるほど逞しくなった理玖。そんな彼の姿をいまだに見慣れない優里にとっては、理玖が知らない男の人のようにも見えてドキドキしてしまう。

 そしてそこで、横で盛り上がっていたはずの母親たちが静まり返っていることに気づいた。
 嫌な予感を覚えた優里がギギギ、と音を立てるようにしてぎこちなく横を向くと、少し困ったような顔で笑う理玖の母と、顔を覆うようにしてため息を吐く優里の母がいた。

「あんたたち、仲がいいのはわかったから、ご飯食べながらイチャつくのはやめてくれる?」

 呆れたような母親のその言葉に何も言い返すことができず、優里は顔を赤らめて俯いたのだった。



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