となりの最強魔王さま
 ――それから三年後。
 
 父の転勤が終わり、優里は元の家に戻ることになった。

 そう、幼い頃はよくわからなかったのだが、優里たちが住んでいた一軒家はそもそも父と母が結婚を機に購入した持家であり、それゆえ父の転勤も期限つきのものだった。
 三年間だけ遠い県に賃貸を借りた優里たち三人家族だが、父の仕事が終われば、優里の高校入学にあわせて幼い頃住んでいたあの家に戻ってくることに元々なっていたという。

 優里はそのことを知ってから、高校に入学するのが待ち遠しくなった。
 中学の三年間は部活にも入り、友達もたくさんできて充実したものだったけれど、やっぱり何かが足りないような気がしていた。それは、幼い頃からずっと弟のような存在だった理玖がいないというのがやっぱり大きかったのだろう。

 理玖にそれを報告した時、彼も電話口でとても喜んでくれ、家から一番近い高校に一緒に通おうと約束した。 
 その高校は小学生の頃から成績が良かった理玖ならともかく、中学の勉強にもなんとかついていける程度の学力だった優里が通うには少しレベルの高い、地元では有名な進学校だったけれど、優里は中学三年目の一年間必死に勉強し、自分の実力よりも偏差値が高かったその高校の合格を掴み取ったのだった。

 そして待ちに待った高校の入学式の日。

 引っ越しが入学式当日と重なってしまったことに加えて理久は新入生代表の挨拶を任されていて早めに学校へ行かなければならないとのことで、まだ元の家に戻ってきてから理久と一度も顔をあわせていなかった優里は、入学式前の僅かな時間を使い理久の姿を探していた。

 遠い視線の先、透き通るような白い肌と艶のある黒髪に既視感を覚えた優里は、思わずその後を追いかける。

体育館の裏側に近づくにつれ次第に大きくなる喧騒。怒声も飛び交うその音は、どう見ても複数人が喧嘩しているものだ。
 優里はうるさく鳴リ始めた心臓を抑えつけ、声を潜めながらおそるおそる忍び寄る。ひとけのない薄暗い道を曲がると、広がるその光景に目を見開いた――。

「俺たちはただ伝言を伝えにきただけでっ」
「身の程知らずの虫ケラどもめ。畑の飼料になるか、海の藻屑になるか、どちらがいい?」
「くそ、魔王なんかに近寄るんじゃなかった」

 幼馴染が、いた。
 あちこちに傷をつくり鼻血を流しながら山のように積み重なる大勢の男たちを足蹴にして。

 彼の手は怯えた様子の男の胸倉を掴んでおり、その頬には誰のかわからない血らしきものが飛び散っていて……。

(何があったの?)

 聞きたいことは山ほどある。

 だけど、まだ状況がよく理解できていない優里にとっては、耳に入ってきた聞きなれない言葉を繰り返すので精いっぱいだった。

「まおう……?」

 優里のその声を拾ったのか、目の前のサラサラとした黒髪の男性はピタリと動きを止めると、勢いよく後ろを振り返った。

「……ゆうちゃん?」

 懐かしい声に優里は瞳を瞬かせる。

「もしかして……りっくん?」

 天使のようだったかつての幼馴染の名前を呼べば、目の前にいる男が美しい笑顔でニッコリと笑う。

 その頬についた、彼に不釣り合いな鮮やかな赤色がやけに優里の目についた。
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