【第一部】タイムスリップしたら織田信長の家来になりました!
序章
22世紀
―――
時は22世紀初頭。場所は藤森研究所。
「こら—―!蘭!またわしの新作いじくり回して!壊れたじゃないか、どうしてくれるんだ!」
「いじったんじゃねぇよ。ただ色々触ったら機械が勝手に……」
「それをいじったって言うんじゃ……はぁ…はぁ……まったくあのバカ息子が。逃げ足だけは早いんだが……」
ここの研究所の所長、藤森吉光はため息混じりにそう言った。久しぶりに全力で走ったからか息が切れて立っているのもやっとの事。息子に悪態をつきながら側にあった椅子(みたいな物)に腰かけた。
バキッ
「……ん?」
乾いた音が微かに聞こえる。何だか嫌な予感がして吉光は顔を下に向けた。
「ぎっ……」
椅子だと思った物はこの研究所で一番大事な実験道具の一部だった。ちょうど椅子のようになっていて勘違いをして座ってしまったのだ。自分の重みでひびがくっきり入っていた。
「ぎゃあぁぁぁぁ~~!!」
吉光の叫びが所内を谺した……
―――
2124年現在。人類は目覚ましい進化を遂げていた。
地球温暖化や核、外交問題を始め、様々な地球規模の課題を何とか乗り越えて、100年以上前にはまだ夢物語だったほとんどの事が現実のものとなっていた。
例えば宙に浮くテレビやパソコン。スマホを翳すと目の前に表れ、消したい時はスマホをしまうだけでパッと消えるという仕組みになっている。
リアルとバーチャルの境目はとっくの昔に越えて、普通に肉眼で見ている世界にCGで作られている物が存在する。それらは触る事も出来る。まぁ、食べたり飲んだりまでは出来ないが。
生活するにあたって本物でなくてもよい物、例を挙げれば壁掛け時計やカレンダー、インテリア等のいわゆる置きっぱなしの物はCGで間に合わせる事が出来るようになった。
座り心地や使い心地さえ拘らなければ、机や椅子、カーペット等もCGで十分という考えの強者もここ数年で増えてきた。さすがにベッドや布団は本物の方が大多数だけれど……
科学の研究も進み、ロボットや人工知能の中には人間を越えるような逸材も出てきた。
100年前の技術に比べたら格段の差で、動きもスムーズで反応が早い。人間に近いというレベルではなく、もはや人間にしか見えない。人間以上に人間、という明言まである程だ。
家政婦ロボット、ホテルやオフィスの受付嬢、病院の受付、掃除ロボット、お料理ロボット……種類も数も増えていくばかりである。
コンビニやスーパーは、誰かが商品を取ったら商品棚に設置されたカメラによって何を取ったかが記録され、自動的に計算されていってセルフレジに持って行った瞬間に合計金額がわかるというシステムが全国的に展開されていて、もはや人いらず。『店長』という名のロボットが一台いるだけである(強盗が来たら捕まえられるように戦闘タイプ)。
そして月への旅行は一般の人間でも金さえあればできる時代になった。
つまり先程も触れたが、100年前には夢物語だったほとんどの事は実現していたのだ。
しかし、タイムマシンだけはずっと科学者の夢のまま、この先も永遠に実現しないと噂されていた。
一方日本としては懸念された少子化による人口減少は奇跡的に食い止められた。
要因は外国人の移住が増えた事で、国際結婚する日本人が増加。出生率も上がったという訳である。こうして日本を救った外国であったが、最近また別の問題が出始めていた。
ハーフやクォーターの人達が自分の親や祖父母の生まれ故郷を目指して、今度は日本から外国へと流れていってしまったのだ。
その為、人口減少問題は再燃しかけている。
超近代化と言われるこの世界で、過去の出来事の研究や勉強はもはや不用になっていた。その為中学・高校の日本史の授業は廃止になり、歴史の研究をしたければ大学に入るしか道はなくなった。
そういう訳で今や国民の半数以上は日本の歴史に無関心で、無知識である。有名な織田信長や徳川家康や坂本龍馬くらいは名前は知っている。でも詳しくは知らない、という具合だ。
しかしそんな中でも日本の歴史が大好きでやまないっていう若者がここにいる。
お調子者で鈍感で何処か抜けてて、でも正義感がみなぎっていて。だけど結局のところ……
「蘭!お前のせいで大事な部品が使いものにならなくなったではないか~!!」
「そんな事まで俺のせいにすんじゃねぇよ!てめぇが悪いんだろ!!」
……ただのアホのようである(親子揃って)。
―――
「ごめんくださーい!」
蘭は家から飛び出して隣の家に駆け込んだ。表札には『濃田』と書かれている。
「は~い。」
奥の方からパタパタとスリッパの音がし、声の主が玄関のドアを開けた。背が高くて色白で中性的な顔立ちをした人物だ。
「よう!イチ。」
「蘭さま、またですか……」
「悪いな。まったく…心の狭い親父には苦労させられるよ。機械をちょっといじっただけなのにあんなに怒るなんてさ。」
「どうせ壊したんでしょう?はぁ~…お父様に叱られる度にうちに逃げて来られても困りますよ。旦那様もお嬢様も忙しいんですから。」
「蝶子やおやっさんには別に会わなくてもいいんだけど。飯さえご馳走してくれれば。定期的にイチの作る飯が欲しくなるんだよなぁ~」
「相変わらず口だけは上手いですね……」
イチはため息を溢すとドアを大きく開けて蘭を迎え入れた。『ラッキー!』と呟き舌を出したのを横目で見ていながらも気づかないフリをする。
そんな忠実な家政婦としては花丸満点の対応を見せる、彼なのか彼女なのか定かでないこの人物は一体何者なのか。
「なぁ、イチ。」
「何ですか?」
廊下を歩きながら話しかけてくる蘭に顔を向ける。
「次のメンテナンスっていつ?」
「えーっと、三日後ですが。それが?」
「んー?ちょっと聞いただけ。ロボットのメンテナンスなんて大変そうだなって思ってさ。最近は蝶子も携わってんだろ?」
「えぇ。蝶子お嬢様は優秀ですから旦那様の助手が随分板についてきましたよ。わたしも安心して任せられます。」
「そっか。そりゃ良かったな。」
蘭の表情がちょっと優しくなったのを見たイチは密かに微笑んだ。
その表情の変化は人間じゃないとは到底信じられない程スムーズで自然なものだった。歩き方や身のこなしも人との区別が難しく、それが人工知能を搭載した人型ロボットであると見破る事は中々できないだろう。
そう、イチは人間ではなく高性能のロボットである。
この家政婦ロボットを発明したのは、イチが先程から旦那様と呼んでいる濃田康三。
日本で一番有名な科学者で工学博士である。ノーベル賞を二回も授賞していて、ロボット開発の第一人者。
そしてこれまでの技術を全部注ぎ込んで完成させたのがこのイチである。
見た目が完璧な人間である以上に感情も少なからず持ち合わせており、接する相手の気持ちに共感する事ができるのがこのイチの特徴。
それに加えて仕事は完璧にこなすという、人間越えの代物だ。その為、月に一度のメンテナンスが欠かせないという訳である。
「じゃあここで待ってて下さいね。今準備している途中なので。」
蘭をダイニングに押し込み、イチはキッチンへと入っていった。
「楽しみだな~何作ってくれるんだろ。」
テーブルに頬杖をつきながら、今日の夕飯のメニューに思いを馳せた。
「あーー!ちょっと蘭!人の家で何してんのよ!?」
「うぉっ!……って蝶子か。何だよ、驚かすなよな。」
キッチンから良い匂いが漂ってきたのと昨夜の寝不足からついうとうとしていた蘭は、突然響いた怒声に飛び上がった。
振り向いた先にいたのはこの家のお嬢様、濃田蝶子その人だった。
「何ってイチの飯食いにきたんだよ。」
「どうせまた吉光のおじさんから怒られて逃げてきたんでしょ。毎回毎回うちに来られても迷惑なんだけど。」
「イチと同じ事言うなよ。俺とお前の仲じゃんか。」
「なっ!どんな仲よ!」
「え?幼馴染だろ?」
蘭の返しにがっくりと肩を落とす蝶子。そしてふと自分の格好に気がついて悲鳴を上げた。
「やだ!私ったらこんな格好だし……ちょっと待ってて。着替えてくるから!」
薄暗い研究室では気にならなかった油の汚れや汗の臭いが、急に恥ずかしく思えてきた。これは相手が密かに片想いをしている人物だからに他ならないのだが……
「そんなのいつもの事だろ?俺は別に気にしないぞ。」
その相手が超がつく程の鈍感なのだから、蝶子の苦労もわかるというものである……
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時は22世紀初頭。場所は藤森研究所。
「こら—―!蘭!またわしの新作いじくり回して!壊れたじゃないか、どうしてくれるんだ!」
「いじったんじゃねぇよ。ただ色々触ったら機械が勝手に……」
「それをいじったって言うんじゃ……はぁ…はぁ……まったくあのバカ息子が。逃げ足だけは早いんだが……」
ここの研究所の所長、藤森吉光はため息混じりにそう言った。久しぶりに全力で走ったからか息が切れて立っているのもやっとの事。息子に悪態をつきながら側にあった椅子(みたいな物)に腰かけた。
バキッ
「……ん?」
乾いた音が微かに聞こえる。何だか嫌な予感がして吉光は顔を下に向けた。
「ぎっ……」
椅子だと思った物はこの研究所で一番大事な実験道具の一部だった。ちょうど椅子のようになっていて勘違いをして座ってしまったのだ。自分の重みでひびがくっきり入っていた。
「ぎゃあぁぁぁぁ~~!!」
吉光の叫びが所内を谺した……
―――
2124年現在。人類は目覚ましい進化を遂げていた。
地球温暖化や核、外交問題を始め、様々な地球規模の課題を何とか乗り越えて、100年以上前にはまだ夢物語だったほとんどの事が現実のものとなっていた。
例えば宙に浮くテレビやパソコン。スマホを翳すと目の前に表れ、消したい時はスマホをしまうだけでパッと消えるという仕組みになっている。
リアルとバーチャルの境目はとっくの昔に越えて、普通に肉眼で見ている世界にCGで作られている物が存在する。それらは触る事も出来る。まぁ、食べたり飲んだりまでは出来ないが。
生活するにあたって本物でなくてもよい物、例を挙げれば壁掛け時計やカレンダー、インテリア等のいわゆる置きっぱなしの物はCGで間に合わせる事が出来るようになった。
座り心地や使い心地さえ拘らなければ、机や椅子、カーペット等もCGで十分という考えの強者もここ数年で増えてきた。さすがにベッドや布団は本物の方が大多数だけれど……
科学の研究も進み、ロボットや人工知能の中には人間を越えるような逸材も出てきた。
100年前の技術に比べたら格段の差で、動きもスムーズで反応が早い。人間に近いというレベルではなく、もはや人間にしか見えない。人間以上に人間、という明言まである程だ。
家政婦ロボット、ホテルやオフィスの受付嬢、病院の受付、掃除ロボット、お料理ロボット……種類も数も増えていくばかりである。
コンビニやスーパーは、誰かが商品を取ったら商品棚に設置されたカメラによって何を取ったかが記録され、自動的に計算されていってセルフレジに持って行った瞬間に合計金額がわかるというシステムが全国的に展開されていて、もはや人いらず。『店長』という名のロボットが一台いるだけである(強盗が来たら捕まえられるように戦闘タイプ)。
そして月への旅行は一般の人間でも金さえあればできる時代になった。
つまり先程も触れたが、100年前には夢物語だったほとんどの事は実現していたのだ。
しかし、タイムマシンだけはずっと科学者の夢のまま、この先も永遠に実現しないと噂されていた。
一方日本としては懸念された少子化による人口減少は奇跡的に食い止められた。
要因は外国人の移住が増えた事で、国際結婚する日本人が増加。出生率も上がったという訳である。こうして日本を救った外国であったが、最近また別の問題が出始めていた。
ハーフやクォーターの人達が自分の親や祖父母の生まれ故郷を目指して、今度は日本から外国へと流れていってしまったのだ。
その為、人口減少問題は再燃しかけている。
超近代化と言われるこの世界で、過去の出来事の研究や勉強はもはや不用になっていた。その為中学・高校の日本史の授業は廃止になり、歴史の研究をしたければ大学に入るしか道はなくなった。
そういう訳で今や国民の半数以上は日本の歴史に無関心で、無知識である。有名な織田信長や徳川家康や坂本龍馬くらいは名前は知っている。でも詳しくは知らない、という具合だ。
しかしそんな中でも日本の歴史が大好きでやまないっていう若者がここにいる。
お調子者で鈍感で何処か抜けてて、でも正義感がみなぎっていて。だけど結局のところ……
「蘭!お前のせいで大事な部品が使いものにならなくなったではないか~!!」
「そんな事まで俺のせいにすんじゃねぇよ!てめぇが悪いんだろ!!」
……ただのアホのようである(親子揃って)。
―――
「ごめんくださーい!」
蘭は家から飛び出して隣の家に駆け込んだ。表札には『濃田』と書かれている。
「は~い。」
奥の方からパタパタとスリッパの音がし、声の主が玄関のドアを開けた。背が高くて色白で中性的な顔立ちをした人物だ。
「よう!イチ。」
「蘭さま、またですか……」
「悪いな。まったく…心の狭い親父には苦労させられるよ。機械をちょっといじっただけなのにあんなに怒るなんてさ。」
「どうせ壊したんでしょう?はぁ~…お父様に叱られる度にうちに逃げて来られても困りますよ。旦那様もお嬢様も忙しいんですから。」
「蝶子やおやっさんには別に会わなくてもいいんだけど。飯さえご馳走してくれれば。定期的にイチの作る飯が欲しくなるんだよなぁ~」
「相変わらず口だけは上手いですね……」
イチはため息を溢すとドアを大きく開けて蘭を迎え入れた。『ラッキー!』と呟き舌を出したのを横目で見ていながらも気づかないフリをする。
そんな忠実な家政婦としては花丸満点の対応を見せる、彼なのか彼女なのか定かでないこの人物は一体何者なのか。
「なぁ、イチ。」
「何ですか?」
廊下を歩きながら話しかけてくる蘭に顔を向ける。
「次のメンテナンスっていつ?」
「えーっと、三日後ですが。それが?」
「んー?ちょっと聞いただけ。ロボットのメンテナンスなんて大変そうだなって思ってさ。最近は蝶子も携わってんだろ?」
「えぇ。蝶子お嬢様は優秀ですから旦那様の助手が随分板についてきましたよ。わたしも安心して任せられます。」
「そっか。そりゃ良かったな。」
蘭の表情がちょっと優しくなったのを見たイチは密かに微笑んだ。
その表情の変化は人間じゃないとは到底信じられない程スムーズで自然なものだった。歩き方や身のこなしも人との区別が難しく、それが人工知能を搭載した人型ロボットであると見破る事は中々できないだろう。
そう、イチは人間ではなく高性能のロボットである。
この家政婦ロボットを発明したのは、イチが先程から旦那様と呼んでいる濃田康三。
日本で一番有名な科学者で工学博士である。ノーベル賞を二回も授賞していて、ロボット開発の第一人者。
そしてこれまでの技術を全部注ぎ込んで完成させたのがこのイチである。
見た目が完璧な人間である以上に感情も少なからず持ち合わせており、接する相手の気持ちに共感する事ができるのがこのイチの特徴。
それに加えて仕事は完璧にこなすという、人間越えの代物だ。その為、月に一度のメンテナンスが欠かせないという訳である。
「じゃあここで待ってて下さいね。今準備している途中なので。」
蘭をダイニングに押し込み、イチはキッチンへと入っていった。
「楽しみだな~何作ってくれるんだろ。」
テーブルに頬杖をつきながら、今日の夕飯のメニューに思いを馳せた。
「あーー!ちょっと蘭!人の家で何してんのよ!?」
「うぉっ!……って蝶子か。何だよ、驚かすなよな。」
キッチンから良い匂いが漂ってきたのと昨夜の寝不足からついうとうとしていた蘭は、突然響いた怒声に飛び上がった。
振り向いた先にいたのはこの家のお嬢様、濃田蝶子その人だった。
「何ってイチの飯食いにきたんだよ。」
「どうせまた吉光のおじさんから怒られて逃げてきたんでしょ。毎回毎回うちに来られても迷惑なんだけど。」
「イチと同じ事言うなよ。俺とお前の仲じゃんか。」
「なっ!どんな仲よ!」
「え?幼馴染だろ?」
蘭の返しにがっくりと肩を落とす蝶子。そしてふと自分の格好に気がついて悲鳴を上げた。
「やだ!私ったらこんな格好だし……ちょっと待ってて。着替えてくるから!」
薄暗い研究室では気にならなかった油の汚れや汗の臭いが、急に恥ずかしく思えてきた。これは相手が密かに片想いをしている人物だからに他ならないのだが……
「そんなのいつもの事だろ?俺は別に気にしないぞ。」
その相手が超がつく程の鈍感なのだから、蝶子の苦労もわかるというものである……
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