【第一部】タイムスリップしたら織田信長の家来になりました!

タイムスリップ

―――

「はぁ~旨かった!さすがイチだよな~、お前も見習った方が良いんじゃないか?」
「うるさいわね!いいのよ、私は。イチが何でもやってくれるんだから。」
 イチの手料理でお腹いっぱいになった二人は、そう言い合いながらキッチンの方を見た。そこからは食器を洗う音に混ざって鼻歌が聞こえる。
「イチがやってくれるってお前……仮にも女だろ?嫁に行った先で困るのは自分だぜ?」
「今どき何処の家でも家政婦ロボットくらいいるでしょ。ていうか、私嫁に行く気なんてないから。」
「はぁ?」
「だってそうでしょ。お父さんの研究引き継ぐつもりで大学行きながらこうして助手してるんだし、結婚なんて考えてないわ。」
 きっぱりとそう言う蝶子。蘭は口を開けてそんな蝶子の整った横顔を見た。
「お前がおやっさんの研究を本気で受け継ぎたいって思ってるのは知ってたけど、女の幸せを犠牲にする覚悟があったとは思いもしなかったよ。」
 心底感心したっていう態度の蘭に、もはや蝶子の口からはため息しか出てこない。

 ノーベル賞を取った天才科学者の一人娘として父親の研究を絶やしてはいけないという使命感を持っているのは事実だが、結婚うんぬんはまた別の話だ。蘭にはあぁ言ったが……半分意地なのである。
 そりゃ好きな相手とできるならこの上ないが、それも希望的観測に過ぎない。目の前の能天気な顔を思いっ切り睨んでやった。

「そっちこそどうなの?歴史とやらの勉強は。」
「『とやら』って何だよ……まぁ楽しいよ、好きな分野だからな。」
 蘭の表情が綻ぶ。それを見た蝶子も内心で微笑んだ。

 蘭は東都大学の歴史学部の一年生。ちなみに蝶子は工学部の同じく一年生である。
 義務教育や高校の授業で歴史、主に日本史が廃止になって久しい今、蘭のように歴史に興味を持って学びたいという若者は年々減っている。しかしそんな中でもしぶとく残っている歴史学者はいて、蘭はそこのゼミに何とか入る事ができたのだ。
 昨夜の寝不足も日本史のテキスト、もといマンガ本を読んで余りの面白さについつい寝るのが遅くなったという経緯だった。

「吉光おじさんの研究は?進んでる?」
「そうだ!それを言いにきたんだった!忘れてた!」
「イチの手料理食べにきたんじゃなかったの?」
「それもあるけど。つぅかそっちが八割くらいだけど、親父の奴すんげぇ物発明したかも知れないんだ!」
「すんげぇ物?」
 興奮した様子の蘭に蝶子は首を傾げた。
「この間親父の研究所に夜中こっそり忍び込んだ時にさ、見覚えのない小部屋があったんだ。俺の知らない内に増設したんだろうけど、中に何があるのかどうしても気になって入ってみたんだ。」
「無断で?ダメじゃない。科学者にとって研究を行う場所は聖域よ?」
「わかってるよ、そんくらい。でも内緒で部屋作るなんてただ事じゃねぇだろ。いかがわしい物作ってんじゃねぇかって心配になってさ。」
『心配っていうより好奇心でしょ。』
 と、心の中ですかさず突っ込む蝶子だったが、次の蘭の言葉に目を見開いた。

「いざ入ってみたらさ、でっかい乗り物が鎮座してて。色々調べたらどうやらタイムマシンみたいなんだ。」
「タ、タイムマシン!?」
「バッ……カ!声でかい!」
「タイムマシンが何だって?」
「あ……父さん……」
「げっ……おやっさん…」
 蝶子の大声に反応してのっそり現れたのはこの家の主、康三だった。
 康三は汚れた白衣のままでダイニングテーブルに着くと、イチに向かって『おい!』とだけ言って蘭に向き直った。それだけでイチには通じるらしい。
「あやつがタイムマシンなんぞ作れる訳がなかろう。ポンコツだぞ?」
「ちょっと父さん!」
「いいんだ、蝶子。本当の事だから。」
 蘭の言い草に頬杖をついていた右肘がズルッと滑った。
「でもでも!今度ばかりはマジっぽいんだ。見た限り何処にも不備はなさそうだし、マニュアルに書かれている数式にも矛盾はないと思う。」
「ふんっ!歴史なんて無意味なものにうつつを抜かしてる若造に何がわかるんだ。とにかくあやつにそんな大層な物を作れる力はない!……わしにも作れなかったんじゃ。あのポンコツにできる訳がない……」
 最後の言葉は極めて小声だったが二人にはばっちり聞こえていた。蘭達は顔を見合わせて苦笑した。

 蘭と蝶子が幼馴染である所以は、二人の父親が小さい頃からの喧嘩友達だというところが大きい。年齢が一緒、家が隣同士というのに加えて将来の夢が科学者という共通点を持ちながら育ち、それぞれの道を歩みながらも意識の片隅でお互いをライバル視しているという関係である。
 片やノーベル賞受賞者、片やポンコツ呼ばわりの物理学者という妙な取り合わせなのだ。
 しかし吉光の名誉の為に言っておくが藤森吉光という人物も相当な頭脳の持ち主で、書いた論文はどれも評価が高く、物理学の世界においては優秀な学者である。ただ技術が伴わないだけで……

「とにかくさ、お前にも見せたいんだ。今夜もう一回忍び込むから一緒についてきてくれよ。な?」
 康三に聞こえないように顔を近づけてそう囁いてくる蘭に戸惑いながら蝶子はもじもじする。
「こ、今夜?」
「あぁ。ダメ?」
「……わかった。何時に行けばいいの?」
「やった!じゃあ俺が迎えに行くよ。一応女の子だからな。夜中に一人で外歩かせて何かあったら大変だからさ。」
「……それはお気遣いありがとう。」
 本気なのか皮肉なのか良くわからない蘭の言葉に、複雑な表情でそう答える蝶子だった……



―――

「本当に大丈夫なの?」
「大丈夫だって。親父はぐっすり寝てるよ。一度寝たら朝まで起きないタイプなんだ。」
「あ、そう……」
 蘭と蝶子は抜き足、差し足、忍び足で研究所に入り込んだ。電気を点けたらバレるかも知れないと、一応懐中電灯を持参して。ちなみにこの時代の懐中電灯とは、宙に浮きながら明るい所と暗い所をセンサーで判別して点いたり消えたりするという物である。
「ここだ。入るぞ。」
「あ、待ってよ……」
 研究所の一番奥の部屋の前で蘭が立ち止まる。焦った蝶子がその背中に激突した。
「いったぁ~い!急に止まらないでよ!」
「何だよ、ぶつかってきたのはそっちだろ?」
「何ですって!?」
 いつもの言い争いが始まりそうになったその時、灯りが二人を照らし出した。それは電灯の灯りだった。

「誰だ!そこにいるのは!?」
「やべっ!親父だ!蝶子、入るぞ。」
「え?え?」
 蝶子は何が何だかわからないまま、蘭に腕を引っ張られて目の前の部屋の中に連れて行かれた。
「ちょっと蘭!」
「しっ!静かにしろ……!」
 蘭が真面目な顔で鋭い声を出したから、蝶子は大人しく口をつぐんだ。
 ゆっくりと足音が近づいてくる。二人は息を潜めて吉光が気づかずに通り過ぎるのを待った。
 やがて足音は聞こえなくなり、静寂が辺りを包む。二人のため息だけが響いた。

「はぁ~…ビックリした……」
「ビックリしたじゃないよ。おじさん起きてたじゃないの。」
「おっかしいな……ちゃんと寝てるの確認したんだけど。」
「虫の知らせでもあったんじゃない?今夜息子が忍び込みますよ~って。」
「こぇ~事言うなよ……」
 ありそうな事を言われて若干震えが走る。それを見て蝶子が笑った。

「それで?噂のタイムマシンはどこ?」
 蝶子がキョロキョロと辺りを見回す。懐中電灯はさっきの騒ぎで何処かに行ってしまったらしい。するとパッと電気が点いた。
「まぶしっ……あぁ~!何これ!?」
 蝶子の目が輝く。そこには今世紀最大の発明品、タイムマシンがその巨大な姿を曝していた。
「親父が開発したタイムマシンだ。これがもし本当に未来にも過去にも行けるとしたら、あの親父とんでもない物作ったんだと思わねぇ?」
「凄い、凄い!吉光おじさん、うちの父さんより天才だったんだね。ただのポンコっ……じゃなくて、今まで力を出してなかっただけなんだね、きっと。」
 言い直した辺りから地味に酷い事を言う蝶子であった……

「ねぇ、ねぇ!乗ってみようよ!」
「え?おい、蝶子!」
 蘭が止める間もなく、蝶子はタイムマシンに近づいた。
「さすがにまずいだろ……まだ完成形じゃないかも知れねぇし。」
「うーん……そっか。そうだよね。さすがにダメだよね。」
 蝶子の残念そうな顔を見た蘭は、逡巡したあとこう言った。
「まぁ、乗るだけならいいんじゃねぇか?すぐ降りればいいんだし。」
「え!いいの?」
 再びキラキラし出す瞳を間近で見てしまった蘭は、一瞬息を飲んだ。

 この純粋に輝く瞳に見つめられるのに昔から弱かった。じっと見ていると吸い込まれそうですぐに目を逸らしてしまう。
 照れてる事を悟られないように、そっと顔を別の方に移した。
「ほら、早く乗るぞ。」
 照れ隠しに少し大きい声を出すと、自ら先頭をきってタイムマシンに乗り込んだ。
 蝶子を運転席に座らせ、自分は助手席に乗る。そして物珍しげにあちこち眺めている幼馴染を横目で見た。

『どちらに出発なさりますか?』

「……ん?今、何か言った?」
 何処からともなく声がして蝶子が蘭に聞く。蘭は無言で首を横に振った。

『どちらに出発なさりますか?未来ですか?それとも過去ですか?』

「え?うそ…何もしてないのに声が……」
「おいおい!マジかよ!」
「蘭!見て!!」
 蝶子がハンドルを指差す。それは誰も触ってないのに動いていた。
「げっ……くそっ!あのポンコツ親父!!」

『ご希望がないようですので、取り敢えず560年前の日本へタイムスリップします。』

「ちょっ…ちょっと待っ……!おわーーー!!」
「きゃあぁぁぁーーー!」

 今世紀最大の発明のはずのタイムマシンの誤作動により、二人は見知らぬ世界へとタイプスリップしてしまうのであった……

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