君と頑張る今日晴れる

あめそら3



 バラードを二曲カバーして、休憩も入れながらオリジナル曲を弾き語りしてから時計を見ると二十分経っていた。


 私には二十分がちょうど良いのだ。


 それ以上、長くは歌えないし。


 立ち上がって足を止めて聴いてくれた人たちに深く一礼し「本日は、ありがとうございました」と感謝を伝えた。


 「最高ー!めっちゃ良かったよ」と悠が拍手しながら声を飛ばす。


 数人いた他のお客さんも温かく拍手をくれた。


 私は、達成感に包まれながら今日もやりきったと安堵する。


 ギターを、ギターケースに片付けていると「今日も良かったよ。お疲れ様」と悠が自販機で水を買ってきてくれた。


 「ありがとう。持ってきた私の水もうないから助かる」


 ペットボトルの蓋を開けて、水を一口飲むと、ひんやり冷たくてカラカラだった喉が一気に潤う。


 「どう、喉は大丈夫?」と悠が気遣うように訊いた。


 「うん。大丈夫。今日は結構調子良いみたい」


 「そっか。それなら良かった」


 安心した表情をして悠が肩を撫で下ろす。


 そして、「今日も神社寄ってこうぜ」と笑顔で私を誘う。


 桜舞公園から少し歩くと神社がある。


 弾き語りのあとは、いつもそこで悠とおしゃべりしてから帰るのだ。


 「うん」


 私は、ギターと鞄を持って立ち上がる。


 同時に、悠の手が伸びてきて私の鞄を持っていった。


 「俺が持つわ」


 「私なんかに気を遣わなくっていいって」


 鞄を奪い返そうとすると、悠はひょいっと鞄を私と反対方向の腕に持ち替えて、私から遠ざける。


 うー。っと睨む私に向かって「じゃあ、ギターのほうを俺が持とうか?」と笑いながら言った。


 「ギターは嫌っ!自分で持つもん」


 「知ってる知ってる」


 悠がニヤニヤと笑う。


 「だって悠に持すと壊しそうだし」と、私がお返しにベーっと舌を出す。


 「うっわ。ひどー」と言って、悠が神社のほうに歩き出した。


 「だって、悠って物の扱いとか雑じゃん」と、私は悠の隣を歩く。


 本当はそんなことない。


 悠は私の物を、自分の物以上に大切に扱ってくれる。


 彼が最初からギターを持たなかったのも、ギターは私が自分で持ちたいと思っていることを知っていて、私の思いを尊重してくれているのだ。


 でも、ありがとうと、面と向かって伝えるのはちょっと歯痒い。


 素直な悠のように私も自分の気持ちをすっと相手に伝えれたらいいのに。


 自分のこういうところが、私はあまり好きではない。


 私と悠の家は、桜舞公園から徒歩五分ほどのS区にある。


 私は実家だが、悠の実家は隣の県にあるK市だ。


 高校を卒業して保育士専門学校に入学したタイミングで今のアパートで一人暮らしを始めた。


 なので、私たちはお互い家の距離は歩いて行けるほど近く、一緒に帰る時はいつも悠が家まで送ってくれる。


 神社に着くと、神社の入り口にある石段に荷物を下ろし二人で腰掛けた。


 「あー。晴、見て見てー。今日も月が綺麗だね」


 彼が石段に座ったまま夜空を見上げて言った。


 夏目漱石は、I Love youの和訳を「愛している」ではなく「月が綺麗ですね」とロマンチックに訳したという話がある。


 もちろん悠のことだ。そんなこと知ってすらいないだろう。


 私も悠の隣で夜空を見上げると、雲間から笑っているかのような三日月と、きらきらと輝く星が見えた。


 ふと夜空から目を落とした時、月明かりに照らされた淡い青紫色の紫陽花が何個も咲いていることに気がついた。


 神社の雰囲気も相まってより幻想的だ。


 「昔さ、じいちゃんが、わしが死んだら星になって悠を空から見とるからなって言ってたの思い出した」


 月を見ながら悠が静かな声で、思い出を引き出しから取り出すように呟いた。


 「空から絶対見てるよ」


 「そういうもんかねー」


 「だって、悠ってほっとけないじゃん。能天気だし、すぐ忘れるし、遅刻するし、やる事遅いし」


 「あーそういう事!?だから見てるんか」と悠が苦笑した。


 「そうだよ。きっとおじいちゃんもあの三日月みたいに笑ってるよ」


 「ていうか、死んだら魂は空にいくの?なんで?って思う。そんなわけないだろ」と悠が半笑いする。


 なんかバカにされてるようで、むっとして「私は悠のおじいちゃんと一緒でそう思ってるの。いいじゃん。なんか見守られてるみたいで」と返した。


 「なんだそりゃ、じゃあさ。晴は天国とか地獄とかもあるって思ってるの?」


 悠は少し呆れ顔だ。


 「私はあったらいいなって思ってるよ。だってそのほうがお別れしてしまった人たちと、それで終わりじゃないって寂しくない気がするんだもん」


 真剣に話したつもりなのだけど「ふーん」と、興味なさそうに悠は相槌を打った。


 「そういえば、話変わるけど、ちょっと小腹すかね?」


 「うん。そうだね」と、私が応えると悠が自分の鞄から保冷バックを取り出した。
 

 彼らしくないものを持ってるなと見ていたら、中からもっと悠に似合わないものが出てきた。


 それは、『オーガニック人参ジュース』と書かれたパックのジュースだった。


 「はい。晴のぶんもあるからあげる」


 私は人参ジュースを受け取ると、「ありがとう。でも、どうしたの?急に健康志向に目覚めたの?」と訊いた。


 「まあね。一人暮らしだし」


 「あ。でも、だったらジュースじゃなくて、ちゃんと野菜食べたほうがいいよ。悠はすぐ料理をサボろうとするんだから」


 貰った人参ジュースを一口飲むと、甘い人参の味が口に広がる。


 「これ美味しい」


 「だろー。また買っとくから飲もうぜ」と、悠は嬉しそうに微笑んだ。


 二人で人参ジュースを飲んだ後、神社でお参りするために私たちは石段を登った。


 悠がさっさと賽銭箱の方に行ってしまうので、「神社に入ったら手水舎でちゃんと手を清めるの!鳥居はお辞儀して。神様の通る道だから端っこ歩くの」と、ちゃんとやらない彼を私が注意する。


 「はいはい。わかったわかった」と悠は口ばっかり。


 これもいつもの私たちのやりとりだ。


 賽銭箱に十円玉を入れて二人で手を合わせる。


 (神様、いつも石段使わせてくれてありがとうございます。悠や私の大切な人たちみんなが健康で、ずっと幸せであれますように)


 お願いをし終わって顔を上げると、悠はもうお願い事を済ませていた。というより、彼は元々神様を信じていない。


 そういうところはつまらない奴と思うのだけど、それには彼なりの理由があるからしょうがないのだ。


 でも、そんな神様を信じてないと言ってる悠が、唯一、いつも決まってお願いすることがある。


 「今日も晴の健康と幸せだけお願いしといた。他に願い事なんて何もないし。帰ろっか」と手を差し出してくれたので、私はその手を握った。


 とても温かい手。


 悠は手が大きいほうじゃないけれど、私は手が小さいのでちょうど包まれているような感じで、繋いでいるとなんだか安心する。


 私も悠の幸せを祈り続けている。もちろん、本人には言わないけど。


 「げ、雨降ってきたね」と、悠が手のひらを広げ空を見上げる。


 「あ、本当だ」


 ぽつぽつと冷たい雨が落ちてきたことに、彼に言われて気がついた。


 「とりあえず、ちょっと木の下に避難しうぜ」


 「うん」


 私たちは神社の大木の下に移動した。


 「もうすぐ、うめあめだもんなー」


 私は一瞬ぽかんとしたが、あまりにもさらっと言った悠に、それが冗談ではなく間違えているのだと気づく。


 「それを言うなら梅雨ね。つ、ゆ!梅に雨と漢字で書いて梅雨と読むんだよ」


 「えー、まじっ!?つゆって言葉は聞いたことあった」


 「ちょっと信じられない間違いなんだけど。大人なんだから気をつけてよね。恥ずかしいなぁ」


 「ごめんごめん」と、言って悠が気にしていなさそうにからから笑うので、私は呆れてしまう。


 悠はあまり勉強ができるほうではなかったと、本人から聞いていたけど、梅雨の読み方を知らなかったのは流石にびっくりした。


 いや、これは一般常識か。


 こういうところも、悠らしいと言えば悠らしい。


 でも、いつか彼自身が困ってしまうので、なんとかしなくてはと私は密かに思っている。


 さっきまで輝いていた三日月や星はすっかり雨雲の中に隠れてしまった。


 雨が弱まるかと数分待っていたけれど、どうやら強くなる一方だ。


 大きい雨粒が振り込むので、この木の下もそろそろいられなくなってきた。


 私は折り畳み傘が、鞄の中に入っていることを思い出す。


 「悠、私折り畳み傘持ってた」


 「お、ラッキー!じゃあ、歩いて晴んち五分くらいだし。もう行こうぜ」


 私が相合傘をしようとすると、「小さい傘だから、二人で入ると晴や大切なギターが濡れちゃうだろ。晴が使ってよ。俺、濡れるの気になんねーし」と、悠が言った。


 「どうせギターは濡れるよ。でもケースに入ってるから大丈夫」


 「じゃあ、晴が濡れるからいいや」


 こういう時、悠は自分の意見を曲げない頑固なところがある。


 私の心配をしてくれているのだろうけど、私も私で悠が心配だ。その気持ちにも気づいてほしいものだ。


 「じゃあ、ここで解散しよ。悠なら走れば五分もかからずに家に着くでしょ」


 「えー、送ってくよ。俺、濡れるの気になんないって言ってるじゃん」


 「悠のわからず屋っ。じゃあ私も傘ささない。濡れて帰るから」


 むっとした顔を私がすると、慌てて「わかったわかった。ごめんごめん。二人で相合傘して帰ろう」と悠が折れた。


 「晴はそんなに俺と相合傘して帰りたかったのか。そんなに俺のことが好きなんだねー」


 隣でニヤニヤして言ってくるので「はいはい。そうそう」と、あしらった。


 私たちは小さい折り畳み傘に体を寄せ合わせ、肩は半分以上濡れながら帰った。


 うちのマンションの玄関に着いたら、悠に傘を貸して解散した。
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