君と頑張る今日晴れる
ゆうやけそら
ゆうやけそら1
今、俺は遺品整理をやっている。正直、これがかなりきつい。
晴の衣服、化粧道具、ギター、ピアノ、CD、楽譜、雑貨など彼女の生きた痕跡を、俺は結局何ひとつ捨てることなどできない。
だから、とりあえず物の置き場所だけ決めて、そこに片付けている。
(断捨離しないから物が増えるの!そんなの片付けるって言わない!置いてるだけ!あっ、悠。そこの服ちゃんと畳んで!)
ずぼらな俺に、そう言って呆れる晴の声が聞こえた気がした。
「んなこと言ったって仕方ないだろ」
俺はひとり呟く。
もちろん返事は返ってこない。
最近はずいぶんとひとり言が増えた気がする。
遺品の中から写真の束が出てきた。
手前はまだ新しい写真で、子どもたちを連れて花見に行った桜井の泉、K市のお祭りで花火を見たとき、T市の海で泳いだとき、G市の温泉旅行などの家族写真だ。
束の下からは、結婚前の古い写真が出てきた。いつかの実家の向日葵畑でふたりで撮った写真。
写真の中の晴は向日葵を持って、太陽の日差しも霞むような笑顔をしている。
そのとき、スマホが鳴った。確認すると両親と三人で作ったグループラインにメッセージが届いている。
【悠、調子はどうだ?畑で育てたかすみ草が綺麗に咲いたよ。今度、名古屋に持って行く】と、父さんから。
【週末は子どもたちの面倒を一緒に見るから言ってね】と、母さんからもメッセージが届いていた。
両親の心遣いが本当にありがたい。
俺がこんなふうに親と連絡を取り合う仲になれたのも、実は晴のおかげなのだ。
晴は本当につくづく俺の生き方を変えた。
晴は自分の病気が寛解してから、急にこんなことを俺に言った。
「わたし、前からやりたかったけど、ずっとやれずにいたことがあるの。だから、悠。ちょっと付き合って」
彼女から話を聞くと、晴のやりたかったけどやれずにいたこと、というのは俺の両親と一緒に旅行をするという提案だった。
もちろん、俺は両親のことが苦手だったので反対した。
「なんで悠はそんなに自分の親のことをきらうの?」
単刀直入に晴が俺を問い詰める。
「だって、あの人たちは俺のことなんて好きでもないし、気にもしていないよ」
誤魔化せないと思ったので、俺は素直に思っていることを答えた。
「本当にそう思っているの?じゃあ自分で聞いてみなよ」
「えー、やだよ。めんどくさいし」
「じゃあ悠との結婚やめちゃおうかな〜」
それを言われたら、どうしようもないので「わかった、行く。旅行行くよ」と、俺は仕方なく承諾した。
そして俺と晴と両親の四人で、G市の温泉旅行に行った。
旅館の部屋で、夕食の懐石料理を食べ終わる頃に晴が「積もる話もあると思うから、家族水いらずでごゆっくりしてください」と、にこっと笑って言ったきり部屋を出てってしまった。
急に両親と部屋に取り残されて居心地が悪くて仕方がない。
でも、俺は旅行の前に晴からこう言われている。
『わだかまりについて解決できなくてもいいから、ちゃんと家族で話しなさい』
なので、俺は勇気を出して口を開く。
「あのさ、俺は正直父さんと母さんのこと好きじゃなかった。ふたりは俺が子どもの頃、学校の行事は何も来てくれなかったよね。来てくれたのは、いつもじいちゃんだった。家でじいちゃんだけが俺を気にかけてくれていた。じいちゃんがいなくなったあとも、仕事ばっかでふたりはまったく帰ってこなかったよね」
両親ふたりの顔がうつむく。
せっかくの旅行なのに雰囲気を悪くしてしまったが、仕方がないと腹を括る。
少し間があいて、「ごめんね、悠」と母さんがぽつりと言った。
その言葉を聞いて俺は、今まで自分の中で溜め込んでいた、両親への気持ちの蓋が取れて言葉があふれ出る。
「俺のことなんて好きでもないし、どうでもよかったんだろ。仕事ってそんなに楽しい?親って子どもをそうやってほっとくもんなの?俺は自分の子どもが産まれても、絶対にふたりみたいにはなりたくない」
怒りと皮肉をありったけ込めて言葉をぶつけた。
「ちがうの」と、母さんが呟く。
「何がちがうんだよ、今更」
すると「そう言われても当然だと思う。でも聞いてほしいことがあるんだ、悠」と、静かに父さんの口が開いた。
俺は父さんを睨んだが、父さんは目を離さなかった。その目は言い訳をするのではなく、何かを伝えようとしている目であることに俺は気づく。
今まで親に感情をむき出しにして怒ったことなどなかった。まず親が家にいなかった。
自制しようとしても、怒りのコントロールかできないことに自分でも驚いている。
父さんは、俺に語りかけるように話し始めた。
「悠が小学生の頃、一緒にG市に家族旅行いったあとくらいかな。父さんが働いてた会社がつぶれたんだ。それで就職先を探したが、歳をとっていたせいで見つからなくてね。それでも苦労して入れた会社がブラックで、朝から深夜までの労働なんてあたり前だった。おまけに給料も安かった」
「わたしも働いてる病院が同じ時期に民営化されたの。そしたら多くの看護師が辞めた。それでも患者さんの命を預かる病院が休むわけにはいかないじゃない。だから人手不足でも、母さんは病院に泊まってでも働いたわ」と、母さんもつづけて話した。
「うちにはお金がなくてな。ふたりとも仕事を辞めるわけにはいかなかった。悠が大人になってやりたいことができたら、その学校に行けるように支援できるようにふたりで頑張ってお金を貯めよう。そう母さんと約束したんだ」
「悠にはお金がない家の子だと思ってほしくなかったの。でも、まちがいだったわ。ごめんね、悠。寂しい思いをさせて」
俺は両親が、俺のことなどどうでもよくて家に帰ってこないのではなく、俺のために必死で働いて帰って来れなかったのだと知った。
その日から、俺の中で両親とのわだかまりはなくなった。
長年の癖になってるので素直に頼れるわけではないが、ちゃんと実家に帰るようになったし、以前より両親との関係は良くなった。
だから、俺の生き方を何個も変えた晴は本当にすごい。
晴がよく保育園で言っていた言葉を思い出す。
『まずはお互いの気持ちをちゃんと伝え合うことが大切』
本当にそうだと改めて思った。
晴の衣服、化粧道具、ギター、ピアノ、CD、楽譜、雑貨など彼女の生きた痕跡を、俺は結局何ひとつ捨てることなどできない。
だから、とりあえず物の置き場所だけ決めて、そこに片付けている。
(断捨離しないから物が増えるの!そんなの片付けるって言わない!置いてるだけ!あっ、悠。そこの服ちゃんと畳んで!)
ずぼらな俺に、そう言って呆れる晴の声が聞こえた気がした。
「んなこと言ったって仕方ないだろ」
俺はひとり呟く。
もちろん返事は返ってこない。
最近はずいぶんとひとり言が増えた気がする。
遺品の中から写真の束が出てきた。
手前はまだ新しい写真で、子どもたちを連れて花見に行った桜井の泉、K市のお祭りで花火を見たとき、T市の海で泳いだとき、G市の温泉旅行などの家族写真だ。
束の下からは、結婚前の古い写真が出てきた。いつかの実家の向日葵畑でふたりで撮った写真。
写真の中の晴は向日葵を持って、太陽の日差しも霞むような笑顔をしている。
そのとき、スマホが鳴った。確認すると両親と三人で作ったグループラインにメッセージが届いている。
【悠、調子はどうだ?畑で育てたかすみ草が綺麗に咲いたよ。今度、名古屋に持って行く】と、父さんから。
【週末は子どもたちの面倒を一緒に見るから言ってね】と、母さんからもメッセージが届いていた。
両親の心遣いが本当にありがたい。
俺がこんなふうに親と連絡を取り合う仲になれたのも、実は晴のおかげなのだ。
晴は本当につくづく俺の生き方を変えた。
晴は自分の病気が寛解してから、急にこんなことを俺に言った。
「わたし、前からやりたかったけど、ずっとやれずにいたことがあるの。だから、悠。ちょっと付き合って」
彼女から話を聞くと、晴のやりたかったけどやれずにいたこと、というのは俺の両親と一緒に旅行をするという提案だった。
もちろん、俺は両親のことが苦手だったので反対した。
「なんで悠はそんなに自分の親のことをきらうの?」
単刀直入に晴が俺を問い詰める。
「だって、あの人たちは俺のことなんて好きでもないし、気にもしていないよ」
誤魔化せないと思ったので、俺は素直に思っていることを答えた。
「本当にそう思っているの?じゃあ自分で聞いてみなよ」
「えー、やだよ。めんどくさいし」
「じゃあ悠との結婚やめちゃおうかな〜」
それを言われたら、どうしようもないので「わかった、行く。旅行行くよ」と、俺は仕方なく承諾した。
そして俺と晴と両親の四人で、G市の温泉旅行に行った。
旅館の部屋で、夕食の懐石料理を食べ終わる頃に晴が「積もる話もあると思うから、家族水いらずでごゆっくりしてください」と、にこっと笑って言ったきり部屋を出てってしまった。
急に両親と部屋に取り残されて居心地が悪くて仕方がない。
でも、俺は旅行の前に晴からこう言われている。
『わだかまりについて解決できなくてもいいから、ちゃんと家族で話しなさい』
なので、俺は勇気を出して口を開く。
「あのさ、俺は正直父さんと母さんのこと好きじゃなかった。ふたりは俺が子どもの頃、学校の行事は何も来てくれなかったよね。来てくれたのは、いつもじいちゃんだった。家でじいちゃんだけが俺を気にかけてくれていた。じいちゃんがいなくなったあとも、仕事ばっかでふたりはまったく帰ってこなかったよね」
両親ふたりの顔がうつむく。
せっかくの旅行なのに雰囲気を悪くしてしまったが、仕方がないと腹を括る。
少し間があいて、「ごめんね、悠」と母さんがぽつりと言った。
その言葉を聞いて俺は、今まで自分の中で溜め込んでいた、両親への気持ちの蓋が取れて言葉があふれ出る。
「俺のことなんて好きでもないし、どうでもよかったんだろ。仕事ってそんなに楽しい?親って子どもをそうやってほっとくもんなの?俺は自分の子どもが産まれても、絶対にふたりみたいにはなりたくない」
怒りと皮肉をありったけ込めて言葉をぶつけた。
「ちがうの」と、母さんが呟く。
「何がちがうんだよ、今更」
すると「そう言われても当然だと思う。でも聞いてほしいことがあるんだ、悠」と、静かに父さんの口が開いた。
俺は父さんを睨んだが、父さんは目を離さなかった。その目は言い訳をするのではなく、何かを伝えようとしている目であることに俺は気づく。
今まで親に感情をむき出しにして怒ったことなどなかった。まず親が家にいなかった。
自制しようとしても、怒りのコントロールかできないことに自分でも驚いている。
父さんは、俺に語りかけるように話し始めた。
「悠が小学生の頃、一緒にG市に家族旅行いったあとくらいかな。父さんが働いてた会社がつぶれたんだ。それで就職先を探したが、歳をとっていたせいで見つからなくてね。それでも苦労して入れた会社がブラックで、朝から深夜までの労働なんてあたり前だった。おまけに給料も安かった」
「わたしも働いてる病院が同じ時期に民営化されたの。そしたら多くの看護師が辞めた。それでも患者さんの命を預かる病院が休むわけにはいかないじゃない。だから人手不足でも、母さんは病院に泊まってでも働いたわ」と、母さんもつづけて話した。
「うちにはお金がなくてな。ふたりとも仕事を辞めるわけにはいかなかった。悠が大人になってやりたいことができたら、その学校に行けるように支援できるようにふたりで頑張ってお金を貯めよう。そう母さんと約束したんだ」
「悠にはお金がない家の子だと思ってほしくなかったの。でも、まちがいだったわ。ごめんね、悠。寂しい思いをさせて」
俺は両親が、俺のことなどどうでもよくて家に帰ってこないのではなく、俺のために必死で働いて帰って来れなかったのだと知った。
その日から、俺の中で両親とのわだかまりはなくなった。
長年の癖になってるので素直に頼れるわけではないが、ちゃんと実家に帰るようになったし、以前より両親との関係は良くなった。
だから、俺の生き方を何個も変えた晴は本当にすごい。
晴がよく保育園で言っていた言葉を思い出す。
『まずはお互いの気持ちをちゃんと伝え合うことが大切』
本当にそうだと改めて思った。