君と頑張る今日晴れる

あめそら５

　駅を出ると朝から太陽が力強く照っていて真夏のように暑かった。


　ここから保育園までは徒歩で五分ほどなので、それほど苦にならない距離だ。


　それなのに悠は「晴ぅコンビニでお茶でも買ってこうよ」と言った。


　「いいって、大丈夫だよ」


　「買ってこうよー」


　「しつこいっ！そういうの疲れる。あんま同じこと言わせると嫌いになっちゃうよ」と眉間にしわを寄せ、きっと睨んだ。


　さっきの私の様子から、彼なりに何かを察し気にしているのだろう。


　悠は、私に対して心配性になりすぎる時があって、それに対しイライラしてしまうことがある。


　「ごめん。晴」


　しょぼんと悠が肩を落とす。


　そんな悠を見て、彼なりに私のことを心配しているわけで、それも私自身の『ある事情』が関係していて仕方がないことなのだと反省した。


　そして、こんな些細なことで、悠に対して怒ってしまう自分が、私は嫌いだ。


　それでも素直になりきれず「本当に大丈夫なの。悠の気持ちは嬉しいんだけど…。あまり気を遣われてもさ、悪いじゃん」と伝えた。


　本当は、気を遣われると、みんなと自分が同じでないことを自覚してしまうから嫌だ。


　周りのみんなにもどう思われるか不安で仕方がない。


　私は、心の奥底にあるものを彼氏にも打ち明けれないのだ。


　「うん。俺もしつこかったよな。ごめん晴」


　悠は、私のいろんなことを知って考えた上で、いつも優しく声をかけてくれる。


　その言葉一つ一つから、大切に想ってくれていると充分に伝わっている。


　それなのに、彼の気持ちを無碍にしてしまう自分が許せない。


　何より私のことで悲しむ悠を見たくない。


　いろいろ考えていると気持ちが抑えきれなくなり「私もごめんね。悠、大好きだよ」と、彼の頬にキスをした。


　すると、悠の表情がぱっと晴天の空のような明るい笑顔になって「俺も晴のこと大好き。今日も頑張れる。ありがとう」と喜んだ。


　その時、背後から急に「お前ら、朝から仲良すぎるだろー」と声をかけられた。


　ふっと振り返ると、短髪で悠より背が高くオーバーサイズの服を着た若い男性がいた。


　よく見ると同僚で、悠の親友の八満君だ。


　彼も言われなければ、保育士に見えない見た目をしている。


　でも、このような外見とは裏腹に温厚で優しい性格の持つ主だ。


　私は心の中で叱咤した。


　昨日、保育園で、悠と必要以上にみんなから仲良く見られるのは気をつけよう。


　そう心に誓ったばかりなのに、よりにもよって八満君に見られた。


　「しかし、まじかよ。猫本さんからなんて。普段の保育園でのキャラと違って、悠の前ではそういう感じなんだ」と八満君が笑う。


　「おー昭彦じゃん！おはよう。俺たち今日もめっちゃ仲良しだろー。さっき喧嘩したけどすぐ仲直りしたんだぜ」と、悠は相変わらず呑気にしている。


　悠は、さっきのことを八満君に見られても恥ずかしくないのだろう。


　でも、私は違う。


　「ちょっと、悠。そういうことは言わなくていいのっ」


　私は悠の腹に肘打ちをした。


　違うの！と大声で叫びたい。弁解をしたい。けど、何を言って良いかわからない。


　恥ずかしくて穴があったら入りたい気分だ。


　何を言っても仕方がないので、私は八満くんをきっと睨んで黙ることにした。


　そんな私に勘づいて「ごめんごめん。猫本さん、冗談だよ」と八満君が苦笑いして取り繕う。


　八満君は、悠と地元が一緒で高校時代からの友人であり、スケボー仲間だ。


　今ではこんなにも底抜けに明るい悠だが、過去に彼が辛い時期があった時、側で悠を支えてくれたのは八満君だ。


　高校、保育士専門学校、アルバイト、スケボーを共に過ごしてきた二人の結束は強い。


　私が二十歳で、新人保育士として、こでまり保育園に就職したばかりの時に、専門学校から実習兼アルバイトとして、この二人が来たのが最初の出会いだった。


　しかし、私はこの二人がつるむと一つだけ許せないことがある。


　それは「昭彦とスケボーやるから」と言って夜な夜な公園に出かけたり、休日までスケボーして遊びまわって。


　そのくせ、二人とも仕事のやる事を忘れてしまったりと、まさに悪友なのだ。


　なんだかんだ要領が良い八満君は、後からでもなんとでもなるのだけど悠は別だ。


　お世辞でも要領が良くない。


　「悠ー。今日の夜って空いてる？桜舞公園でスケボーしようぜ」


　早速、八満君からお誘いだ。


　スケボーに行くことについて私が言い過ぎると、まるで束縛してる彼女みたいに思われてしまうのが嫌で、あまり言わないようにしている。


　私は束縛する彼女だと思われたくない。


　でも、ほっとくとこの二人は度が過ぎる。


　なんだか八満君とスケボーに悠を取られてしまってる気分になってきて、今日は我慢できなかった。


　「悠っ。今日はパソコンの使い方教えるから」


　「え、今度って言ってたじゃん」


　「悠はやることが遅いんだから、早めにやっとくの。あと誕生日会の準備も今日やっとこうね」


　「うげー、ちょっとやること多くねー」と、しょぼくれたが「でも、晴と一緒にいられるからいっか」と無邪気に笑った。


　「あらら、猫本さんには敵わないな。本当に悠には猫本さんがいて良かった」と悠の頭をくしゃくしゃして八満君が屈託のない笑顔で言った。


　「だろー」と悠も人懐っこい笑顔で微笑む。


　「だって悠は猫本さんがいないと、保育週案やパソコンで資料も作れないじゃん」と、八満君がヘラヘラ笑う。


　「あーっ。昭彦までそんなこと言うのかよ」と、悠が口を尖らせた。


　「でも、私がいないとやれないじゃダメだよ。そんな人任せな人とはこの先やっていけないかも」


　悠に釘を刺して私は保育園に向かい歩き出した。


　「えー。待ってー。俺頑張るから捨てないでよ晴ー」と悠が追いかけてくる。


　その後を八満君が笑いながらついてきている。


　いろいろあるけれど、とても幸せなこれが私の日常だ。


　悠は私を心から好いて、必要としてくれている。


　それを嬉しく思う。


　いつも好きと言ってくれるのは悠からだけど…。


　きっと、依存しているのは私のほうだ。


　早くしなきゃいけないのに。


　覚悟を決めて決断したのに。


　こんな私なんかを好きでいてくれる悠に申し訳ない。


　私の心は、締めつけられたように苦しくなった。