君と頑張る今日晴れる

あめそら8



 今日は六月の第三月曜日。


 月に一度、わたしが大学病院で定期検査をする日だ。


 採血して、レントゲンとCTをして、主治医の先生と話をする。


 年に一回はPET検査という、さらに精密な検査も受けている。


 定期検査を終えて疲れきったわたしは、病院帰りの電車に揺られて座席で寝てしまった。


 そして気分が悪くなる、とてもいやな夢を見た。


 夜の暗くて薄気味悪い、どこかもわからない駅のホーム。


 そこで、わたしと悠が離れ離れになる夢だ。


 さっきまでとなりで手を繋いでいたはずなのに、いつの間にか悠がいない。


 わたしは、ぼーっとしていて気づくと電車に乗っていた。


 電車のドアが閉まり発車のベルが鳴る。


 窓から外を見ると、悠が必死に何かを叫んでいた。


 ひどく悲しい悲鳴をあげているような形相で、「晴、行くな。待ってくれ、俺も連れてってくれ」と電車の窓を叩いている。


 電車はそのまま出発して、わたしたちは離れ離れになってしまうという悲しい夢。


 わたしは何度かこの夢を見たことがある。


 そのとき「晴っ。晴ーーーーーっ。はーーーーーーるってば」と、わたしを呼ぶ声が耳元から聞こえた。


 目を開けるととなりで座っている悠が、わたしと繋いでいる手をぎゅっと握ってトントンと上下に動かし、声をかけてくれている。


 「もうすぐ降りる駅だよ。起きて」


 「あ、ありがと。寝ちゃったんだ、わたし」


 寝起きのかすれ声が出た。


 「なんかうなされてたよ。悪い夢でも見たの?」


 悠が心配して、わたしの顔を覗き込む。


 「うん。とても悲しくて怖い夢を見たの」


 朦朧としながらも夢の内容を鮮明に思い出してしまい、そのせいで不安にかられたわたしの鼓動が強くなる。


 「大丈夫だよ。俺がどんなときでも側にいるから。いつでも一緒だよ、晴を必ず守るから」
 

 そう言って悠がわたしと繋いでいる手にぎゅっと力を入れる。


 彼の声、表情、香り、雰囲気、全部があたたかい。そのぬくもりに触れると悪夢でのせいで強く鳴っていた鼓動が、不思議なことにゆっくりと落ち着いていく。


 以前、悠はわたしに依存していて自立していないと言ったけれど、わたしのほうが彼に依存しているし自立もしていない。


 今年の春、わたしは病院に行きたくなくて診察をボイコットしたことが一度だけある。


 その日は「病院に行ってくる」と、家を出てから病院には向かわず暗くなるまで、桜舞公園のベンチに座って桜の木を眺めていた。


 連絡が取れず、家にもわたしがいないことを知った悠が、心配して公園まで探しに来てくれた。


 わたしは悠に声をかけられるなり、感情があふてしまい泣いて彼に抱きついた。とても怖かったのだ。


 これから、どうなってしまうかわからない。


 どんな痛いこと、辛いこと、悲しいことがあるのだろうか。それを考えるとどうしていいかわからない。真っ黒い恐怖がじわじわ足元から登ってきて足がすくむ。そんな感覚がした。


 だから、すべてから逃げるように、悠と二年前にここで出会ったときのことを思い出しながら桜の木を眺めていたのだ。


 彼は泣きつくわたしに何も言わず、ただただ抱きしめてくれた。


 大丈夫?とか、何があった?とか、そういう言葉は何も言わない。


 悠に抱きしめられると不思議なことに心がすっと落ち着いていく


 しばらくしてから顔を上げると、悠は目に涙を溜めて泣くのを我慢していることがわかった。


 わたしを抱きしめている彼の手が震えている。


 「晴は全部ひとりで抱えていたんだね。もう、ひとりぼっちにさせないからね。絶対いつでも一緒だからね」


 そう悠が言ってくれた。そして、わたしは心の中の不安の一部を打ち明ける。


 「病院ってさ、やっぱり怖いや。なんか、子どもみたいな理由でごめんね」


 彼は泣きながら話をうなずいて聞いてくれた。


 そんなことがあってから、わたしの大学病院の定期検査に、悠は必ずついて来てくれるようになった。


 となりに悠がいると勇気が湧いてきて、わたしは次の診察から病院に行くことができた。


 だから本当は自立できてないのはわたしだ。悠が側にいないと、ひとりで病院にも行けない。


 いつも全力でわたしを大切にして愛してくれる、悠のことがだいすきで仕方がない。


 どうしようもないくらいに。
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