無慈悲な悪魔の騎士団長に迫られて困ってます!〜下っ端騎士団員(男爵令嬢)クビの危機!〜
◇11
団長様の言った通り、会場は通らずすぐに玄関に。そして屋敷を出て待機していた馬車に乗り込んだのだ。
「あの、任務は……」
「あぁ、無事完了したから安心してくれ。後処理は他の団員達が行うから、私達はこのまま屋敷に戻ろう」
そ、そっか……あの商人は無事捕まったのか。それはよかった。さすが、近衛騎士団だ。私達なんかより、断然優秀な人達。
何だか、こう実力を見せつけられると自分がいかに未熟なのか思い知らされてしまう。騎士として入団した時から、憧れの存在だった。団長様は厳しくて怖い人だからと言われてたけど、それでも入れたらいいなぁ、と思ってはいた。まぁ無理だとは分かっていたけれど。
だから余計、自分がこの程度の力しかない騎士なんだと痛感させらされた。
気落ちしていたその時、目の前の団長様がこちらへ迫ってきていることに気が付いた。両足を、団長様の両足で挟まれ、両手を私の背にある壁に付き顔が接近していて。
「で、あの男は?」
「あっ……」
「開けたのか、私の言いつけを守らず」
「あっちっ違います! 私は開けてませんっ! その、何故か勝手に入ってきて……」
「勝手に?」
団長様の、鋭い視線が、怖い。
「ちゃんと鍵は閉めました。本当です。確認は出来ていませんが、もしかしたら鍵を持っていたのかもしれません……!」
「……」
そう言うと、目の前の彼は黙り込んでしまった。視線が合わせられず、下を向いてしまう。けれど、顎を掴まれ前を向かされる。団長様と視線がぶつかった。
「あの男に、触れられたか」
「えっ……」
「答えろ」
鋭い言葉に、怯えてしまいそうになる。団長様は、怒ってるのだろうか。じゃあ、何に?
「か、仮面と、腕には、触れられてしまいましたが、他は触れられていません……」
「……それほど、近くに寄られたのか」
「っ……」
いきなり、キスをされた。けれど、いつものような優しいキスではない。乱暴な、まるでこのまま喰われてしまうのではないかと思わせるようなキス。
でも、不思議と怖くない。むしろ、欲しがってしまいそうになる。相手が団長様だから? 分からない。けど、私の方から欲してしまう。
どれくらい経っただろか。ようやく離してもらえた時には、もう腰が砕けてしまっていた。それなのに、またキスを再開してくる。頭がくらくらしてきて、飲んでないはずなのに、軽く酔ってしまったかのような気分になる。
気が付けば、馬車は止まっていた。団長様に抱き上げられ、そのまま馬車から降りたのだ。辿り着いていた団長様の屋敷に入った。
こんなに人目のあるところで横抱きにされるなんて、普通だったらすごく恥ずかしがる場面のはず。だけど今の私にはそんな余裕なんてなかった。
辿り着いた部屋には、大きなベッドがあって。そこに、降ろされた。けど、私は力いっぱいに待ったをかけた。
「あのっ団……リアムっ!」
「……」
私に覆いかぶさってきそうになっていた団長様を止めた。上半身を頑張って起こしてから団長様の肩を抑えたのだ。
「あのっ、懐中時計っ!」
「あぁ、あれか」
止めたはいいものの何と言えばいいのか、と戸惑いつつその単語が口から出てきた。
でも、あれって言った? なくした事には気付いていただろうけど、私が持っていること、知ってたの!?
「わ、忘れ物を、お、お返し、したくて……」
「それは君のものだ。返す必要はない」
えっ、私の? どういう事か聞きたかったけれど、キスをされてしまって。
「知らなかったようだが、さっき聞いただろう」
「っ!?」
貴方を想っていますという、言葉を表しているっていう……
じゃあ、団長様が、私を……?
「まだ分からないか? そこまで鈍感だったとは思わなかった」
「ぁ……」
「私は、君を好いているんだ」
今、団長様は何と言ったのだろう。
私を、好いている? 好いている、なんて言葉をどうして私に向かって言っているの? この私に。
そんな、愛おしいものを見るような視線で、こちらを見てくるの?
おかしい、そんなの、おかしい。
「わ、私は、騎士です……!」
そう、私は騎士なんだ。
「例え貴族の娘であっても、ドレスではなく制服を着て、日頃から剣を持ち、訓練もして、日焼けもしていて……可愛らしいご令嬢達とはかけ離れた存在です……だから、やめた方がいいと思います……!」
そう、私はあのご令嬢達と全く違う。
「そんな君の事を好きになった事はいけない事ではないだろう。私は、か弱く誰かに頼る事しか出来ないご令嬢より、騎士の誇りを持ち己を守れる強さを兼ね備えた凛々しいご令嬢の方が実に魅力的に見える」
団長様のその言葉に、戸惑いを隠せなかった。そんな事を言われた事なんて一度もない。この関係はただの興味本位で続いているだけ、そう思っていたのに……
「最初の出会いのせいで混乱させてしまっただろうが、私は最初からそのつもりだ」
私の両頬を手で包み、キスを一つしてきた。少し触れるだけの、甘いキス。
「もっと自分のそばにいてほしい、私の事を好きになってほしい、その視線を、私だけに向けてほしい、そんな事ばかりを考えてしまっているんだ。今回は君と一緒にいたくて、違う姿も見てみたいという下心で利用してしまったんだ。正直自分でも驚いている」
あの、冷徹と言われた団長様が、公私混同を……下心だなんて言葉を口にしたことに驚きが隠せない。
「君が私をお受け入れてくれるのであれば、大切に、幸せに、ずっと笑っていられるよう最善を尽くそう。だから、この手を取ってくれないか」
私の前に差し出された、団長様の大きな手。これまで、何度も何度も私に触れてきた手だ。
私は、この手を取りたいという思いと、こんな私がおこがましいのではという思いの二つで迷ってしまった。
大切にしてくれる。幸せにしてくれる。笑っていられるようにしてくれる。
でも、私は団長様の前で笑った事は恐らくない。驚き、戸惑い、困惑。そればかりだった。私は、団長様の前でどう笑えばいいんだろうか。
「……やはり、すぐには難しいか」
「……」
「だが、焦らせる気はない。君からいい返事がもらえるよう努力もするつもりだ。だから、そのつもりでいてくれ」
そう言って、キスをしてきた。
私は、どうしたらいいんだろう。
その日は、女子寮には戻らずここに泊まらせてもらう事になった。団長様の寝室に呼ばれてしまったけれど、無理をさせてしまってすまなかったなと謝られて、ぎゅっと抱きしめられながらの就寝となったのだ。