無慈悲な悪魔の騎士団長に迫られて困ってます!〜下っ端騎士団員(男爵令嬢)クビの危機!〜

◇13


 それは、月の綺麗な夜。隣国使節団がこちらに来訪して3日目の夜だった。

 最後のパーティーが行われ、私達は警備に奮闘していた。けれどこの持ち場には、私一人。さっきいた先輩は団長に呼ばれて行ってしまったからだ。

 置いてかれた私は一人寂しくここに立ち警備をしているわけだけど、静かすぎて何か出るんじゃないかと思ってしまう。

 まぁ別にお化けとかは大丈夫なんだけど、暗殺者とか出てきたらどうしよう、ってやつ。あー怖い怖い。

 今行われているパーティーの会場から流れてくる音楽を何となく聞いていると……足音が聞こえてきた。先輩が帰ってきたかな、と思ったけど、違った。


「やぁ、お姉さん。いい夜だね」

「……」


 とある、着飾った姿をした男性。貴族だという事に変わりはないが……見たことのない顔だ。


「久しぶりだね」

「あの……どこかでお会いしましたか?」

「あれ、気付いてない? まぁ仮面していたから分からないか。青のドレスも似合っていたけれど、この騎士団の正装もいいね。まぁ、僕としてはドレスの方が好みかな」


 仮面。青いドレス。となると、あの団長様と一緒に潜入したあの仮面パーティーにいた人。声でよく分かった。この人は、あの日、あの部屋に鍵をかけたにも関わらず入ってきたあの男性だ。

 でも、どうして私だと気が付いた?


「立ち姿や振る舞い方で、何となくではあったけれど剣を使う人間だと判断したんだ。そして探してみたら、君を見つけたんだよ。覚えていた声と一緒だから正解だね」

「……」


 マジか。じゃあ、どうしてあんな所にいたのかバレてしまう可能性があるのでは? しかも仮面はしていても団長様とも顔を合わせてるし。もし何度も団長様と会っている人であれば、もしかしたらバレている可能性だってある。これは、やらかした。

 どうしたらいい。そう思っていたら、私の目の前まで接近していて。そして、耳元で囁いてきた。


「仕事、大変そうだね。ご令嬢なのに苦労が絶えないでしょ。周りの目だってあるんだ。さぞ、肩身が狭いだろうね」

「……仕事ですから」

「そうか、仕事か。でも、女の子は危ない事をしなくてもいいんだよ。怖いよね、剣を向けられて、命の保証なんてどこにもないだなんて。守ってもらう側ではなく守る側なんだからそれは当たり前だ」

「それは分かっています」

「じゃあ、何かそうせざるを得ないものが君にはあるのかな。それなら……――僕が助けてあげようか」

「っ!?」


 ワントーン下げた声で、私を見据えるような目を向けてそう言ってきた。

 助けてあげる? 何から? このご子息は一体何を言っているの?

 こいつ馬鹿かと思っていたその時、目の前にとある物(・・・・)があった。このご子息が、見せてきた物、それは……懐中時計。

 ふたに描かれているものは……ライオンと、二本の剣。これは……隣国の王家の紋章。それを持っているという事は、すなわちこの人物は隣国の王家の人間だという事。


「君を気に入ったんだ。どう? 僕の妾にならない?」

「っ!?」

「顔も容姿も申し分ない。緑色の瞳を見るのも初めてだし。それに剣まで扱えて、この強気な性格もいい。実に魅力的だ」


 この男は一体何を言っているの……? 私を妾に? ふざけた事を言って、頭おかしいんじゃないの?

 でも、相手は王家の人間だ。


「どう? 悪い話じゃないよね。来てくれるのなら、何不自由ない生活を約束しよう。危ない事は何一つしなくていい。欲しいものは何でも手に入れてみせる」

「っ……」

「さぁ、どうする?」


 選ばせるように言ってくるけれど、私に選択肢など全くない。王族の提案を断るだなんて事したら、どうなるだろうか。しかも隣国だ。たとえ些細な事であっても、国同士の問題にだって発展するのだから。

 隣国の王家の人間と、ただの男爵令嬢。これは、従うしか道は残されていない。

 顎を掴まれ、上を向かされる。勝ち誇ったかのような、そんな目で私を見てくる。何、私はただのおもちゃか? それともコレクションか? ふざけるな。


「……妾になれ、とおっしゃるのであれば、そのように致しましょう」

「うん、君は賢い子のようだ。ちゃんと、大切に愛してあげるから安心してね」

「ですが、私の心の中には違う人物がいる事をご理解いただきたい。私が想う方は、貴方様のような権力を振りかざして従わせるような方ではございません」

「ふぅん。じゃあ、僕を愛せと命じれば?」

「努力は致しますが、変わらないと断言します」

「面白いね。俄然欲しくなってきた。その気持ちはいつまで続くか見ものだね」


 顔を近づけてくる彼の、顎を掴んでいた手を弾き、一歩下がった。睨みつけるけれど、彼は面白げに笑ってくる。遊んでいるかのようで腹立たしい。


「おっと、見つかってしまったか」

「ぇ……」


 彼のその言葉と同時に、後ろから私の肩を掴まれ体が引っ張られる。そして、私の前に誰かが立った。この背中は、知ってる。この人は……先ほどの話に出てきた人。


「こんな場所で何をされているのですか、殿下」

「ん~、密会かな?」

「おふざけも大概にしていただきたい」

「おふざけ? その言いがかりはやめてほしいな。それと、君には関係のない事だから口を挟まないでくれ」

「いいえ、関係あります。彼女は私のものです。ちょっかいを出されては困ります」

「残念ながら、彼女はもう僕のものだ」


 私のもの。団長様はそうはっきり言った。

 それと同時に、ついさっき自分が言ってしまったことを酷く後悔してしまった。仕方なかった、それしか選択肢がなかった。でも、それでも。彼に知られたくなかった。

 後悔が押し寄せ、つい、私は後ろから団長様の手を握ってしまった。

 ごめんなさい。本当は私、この手を取りたかったんです。

 でも、今更だ。妾になると言ってしまったのだから、もう戻れるはずがない。


「国家の王族たる貴方が、友好関係を持つこの国の騎士に強制させるなど、あっていいとは到底思えません」

「君はただの貴族だ。私に口出しをするいわれはない。それ以上何か言うつもりなら、どうなるか分かるだろう?」


 例え、上位貴族の侯爵家当主であり近衛騎士団の団長だったとしても、相手は王族。到底太刀打ち出来ない存在。

 これ以上、迷惑はかけられない。

 私は、ぎゅっと握った彼の手を引こうとし……


「それだから、周りに裏切られるのですよ、殿下」

「……何だと?」


 う、裏切られる……?

 裏切られるなんて言葉が、一体どうしてこの場面で出てくるのだろう。そして、殿下が誰に裏切られてしまうのだろう。彼は王家の人間だというのに。


「だいぶこの国での旅行を満喫(・・・・・)されたようですが、そろそろ自国に戻られた方が身のためです」

「……」


 旅行を満喫、とは……使節団でここに来訪した事だろうか。それにしては、殿下は怖い顔で団長様を睨みつけている気がする。


「……仕方ないな。では、後で迎えに来るよ」


 そう言って、あっけなく去っていってしまったのだ。

 今のは、一体何だったのだろうか。あっさりと行ってしまったから、なんだか……

 と、思っていたら、私に背を向けていた彼がこちらに振り向いた。そして、思いっきり抱きしめてきた。


「間に合った……」

「……」


 間に合った……? いや、間に合ってないと思うのだけれど……妾の件は、そのままだし……

 そうだ、妾だ。私はあの時、殿下の妾になると言ってしまった。


「……ごめん、なさい」


 何に対する謝罪なのか、殿下の言葉で何となく理解したと思う。でも、私の口からは謝罪の言葉しか出てこなかった。


「私のそばにいてくれるのか」

「えっ」


 謝罪の言葉に、そう返ってきた。

 団長様は、私から離れて向き合った。私をまっすぐに見つめる。


「先ほどの手は、そういう事ではなかったのか」


 手、とは……私が団長の手を握った事を言っているのだろうか。じゃあ、私の思いは伝わっていたという事になる。


「あの、ごめんなさい。その、妾になれと言われてしまって、相手は隣国の王族でしたので、断れず……でも、嫌だったんです。その……忙しいのが終わってから団長様とお話しようと思っていたのですが、その……」


 はっきりしない私の言葉にイラつかせてしまっていないか不安でもあったけれど、でもちゃんと言えなくて。どう言えばいいのか、分からない。だから、手を取った。あの日私の目の前に出してくれた、団長様の右手を。ぎゅっと両手で握り、団長様の目を見て、頷いた。

 こっちもだいぶ恥ずかしくはあったけれど、もう今更だ。すぐ視線を下ろしてしまいそうになったけれど、団長様が顎に触れて顔を上げさせられ、向き合わされる。そこには、微笑む団長様の顔があり、次第に近づいてきて、キスをした。触れるだけのキス。だけどすごく甘くて、ほろ酔いしてしまいそうになる。


「ずっと私のそばにいてくれるのか?」


 その言葉に、小さく頷く。すぐさま、強く、だけど優しく抱きしめられる。


「ここまで嬉しいものなのか……大切にすると約束する。だから、離れないでくれ」

「でも……」


 もう、隣国に行かなくてはいけないことが決まってしまっている。いつまで一緒にいられるだろうか。


「殿下の元へ行くことはない。だから安心して私だけを見ていてくれ」

「えっ……」


 相手は王族だというのに、行くことはないだなんて本当だろうか。でもさっき、旅行、裏切り、と引っかかる言葉が出てきた。それが関係しているのだろうか。

 ……と、思っていたその時。


「うわっ!?」


 何で私、横抱きにされてるの、って!


「待っ警備!」

「シッ、気付かれるぞ」

「ぁ……」


 いやいやいや、ちょっと待って! 持ち場離れちゃダメでしょ! それなのにどうして歩き始まっちゃったの!?

 バシバシと団長様の肩を叩くけどまるで気にしておらず、その先には……とある部屋。まさかのまさかで休憩室だ。静かに入って、器用に鍵をかけてから中にあったソファーに降ろされ……覆いかぶさってきた。


「仕事!」

「さて、どんな言い訳にしようか」

「はぁ!?」

「陛下の近くには副団長がいるから大丈夫だ。他の奴らにも指示を出してある。だから気にしなくていい」


 気にしないわけないでしょう!! 近衛騎士団の団長様がこんな所でサボってていいんですか!!


「そうだな……外で伸びていた猫に声をかけたら部屋に連れ込まれて襲われていた、にしようか。可愛くてすぐに帰れなかった、とな」

「はぁ!?」


 猫!? 連れ込まれた!? ……いや、ちょっと待って、それどこかで聞いたことのあるような……


「20分で終わらせてあげよう。これでは足りなさすぎるが、それは我慢するしかないな。……さ、せっかく私のものになってくれたんだ、君を堪能させてくれ」


 職権乱用に、公私混同、更には仕事放棄。あの冷徹無慈悲な悪魔の騎士は一体どこに行ったのだ。



 朝チュンから始まったこの関係が、こんなところまで発展した事は、何週間か前の私には到底思えなかった。

 けれど、後悔はしない。

 騎士という立場にいる事は誇りに思ってる。そのおかげで、団長様、リアムと出会えて結ばれた。

 近衛騎士団団長と、騎士団員。侯爵家当主と、男爵令嬢。

 だいぶかけ離れた立場ではあるけれど、それでも離れたくないと思うから。ずっと、この人と一緒にいたいと思うから。

 だから……


「愛してる、テレシア」


 この人を、愛したい。


 END




 ちなみに。あの仮面パーティーの日、私に近づいてきたあの男を調べ上げたら捕まえた商人とつながったそうだ。裏で手を引いていた人物だったという事で、側仕えがあっさり口を割ってくれてスムーズにいったらしい。今頃、お縄に付いていることだろう。

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