幸薄い少女は、常世の君にこころゆくまで焦がされる
食事
晩御飯の時間になり、咲良は離れにある台所に顔を出した。宮野家の晩御飯を用意するために、使用人たちが世話しなく動いている。
ここで食事が配膳されて、宮野家の人間が待っている母屋へと運ばれる。しかし、咲良だけは食事を蔵の中へ運んで一人で食べていた。
台所の隅に咲良の食事が乗ったお盆が置かれている。それは他の家族の食事と比べて明らかに貧相なものだったが、咲良は食事に対して不満を言ったことはなかった。
けれど、今夜は少し違った。
「原田さん、お願いがあるんですけど」
一番の古株である使用人頭の原田に、咲良はおそるおそる声をかける。
「おにぎり一つ余計にもらってもいいですか?」
かつてない要求に、原田は口を半開きにして咲良を見つめた。だが怒ってるわけではない。原田はいつもニコニコしているようなおおらかな中年女性だ。
「まあ、珍しい。どうしたの?」
「夜にお腹すいちゃうんで、夜食にしようかと……」
「ふーん、受験勉強?」
「は、はい……」
「わかった。持っていきな」
「ありがとうございます」
原田は素早くおにぎりを二つ握ると、咲良のワイシャツのポケットに入れてくれた。
「はいどうぞ。奥様に見つかるといけないから、ね」
「ごめんなさい。恩に着ます」
原田の気遣いに胸が痛んだ。台所を出るときにもう一度お辞儀をした。
とっさに受験勉強なんて嘘をついてしまった。高校を出たらどうするかなんて咲良は考えたこともないのに。
大人になったらどうなるのか、たまに不安がよぎることがある。でも今はそれを考えてる場合じゃない。継母やレイコに見つからないように、注意深く蔵に食事を運んだ。
「昨日から何も食べてないでしょ、さあ食べて」
お盆に乗った食事を琥珀に差し出して、咲良はおにぎりをかじった。
「これは、俺のために?」
「うん。人間の食べ物だけど、食べられる?」
「大丈夫だ。だが咲良はそれ一つか?」
「大丈夫、ダイエットしてるから」
「ダイエット……?」
「痩せようと思ってるの」
「それ以上痩せてどうする。じゅうぶん細いじゃないか。咲良はそのままで十分きれいだぞ」
琥珀の言葉を聞いた途端、なんだか急に暑くなって天井を仰いだ。顔が真っ赤になってるんじゃないかと心配になる。
男性とろくに話したことがないから、ちょっとのことでもソワソワしてしまう。
小学生のころから男女含めて友達は一人もいなかった。咲良に話しかけるとレイコがいい顔をしないため、いつも孤独だったのだ。
「咲良」
「は、はい!」
急に名前を呼ばれて驚く。すると琥珀がこちらへ手を伸ばしてきた。
「ご飯粒、ついてるぞ」
彼はそう言って咲良の口元をぬぐうと、自分の口へ米粒を運んだ。
突然のことに汗がどっと出る。
(琥珀……どうして……? は、恥ずかしい……)
琥珀は優しく笑っていた。気が動転して彼に顔を向けることができない。
食事を終えた後、食器を台所へ運んでから蔵に戻ると、琥珀は横になっていた。額に脂汗がにじんでいるので拭いてあげる。キズのせいか少し熱もある気がする。
琥珀がここにきて二日。けっこう寝汗もかいてるし、身体も汚れてるかもしれない。
風呂に入れてやりたいが、さすがに蔵から出てウロウロしていては必ず誰かに見つかってしまう。
「ちょっとお風呂行ってくる。あとで身体ふいてあげるから、今は待っててね」
咲良はそう言い残して、風呂のある離れへと向かった。