幸薄い少女は、常世の君にこころゆくまで焦がされる

常世


 しばらくの沈黙。それを破ったのは咲良だ。


「琥珀さんの住んでる常世というのはどんなところなんですか?」

「気になるのか?」

「はい、よかったら聞かせてください」

「そうだな。」

「俺が住んでいるのは果てしなく広い常世のほんの一角。一言に常世といっても様々な領地に分けられている。中でも俺と同じ猫のあやかしが多く暮らしている場所が俺の領地だ」

「俺の領地って、琥珀さんがお殿様みたいな言い方だね」

「いかにも、俺が統治しているのだ」

「そ、そうなの!? 琥珀さんってあやかしのリーダー?」

「い、一応、な。猫の一族をまとめている。臣下たちはそれはそれはよく慕ってくれるぞ」

「へえ、なんかすごいなあ。若いのに一族のリーダーだなんて、なんだか私には想像がつかない世界だよ」

「うーむ。とはいえ口で説明するのも難しいな。見たほうが早いぞ?」

「み、見るって?」

「常世に来て、俺たちの暮らしに馴染むのが手っ取り早いということだ」

「人間が行けるんですか?」

「問題ない。食生活は少し違うかもしれんが、現世(ここ)と基本的には変わらんからな。ごくまれに人間が迷い込むこともある」


 そうえいば神社にある鳥居は、あの世とこの世の境界線である、みたいな話を聞いたことがある。


「あとは、偶然行き来する以外にも、あやかしに連れられて来ることもある」

「それって神隠しみたいなもの? あやかしは人間をさらうの?」

「そうじゃない。あやかしが人間を常世へ連れていく時は……嫁をもらう時だ。いわゆる嫁入り、結婚というやつだ」

「よ、よめいり!? 結婚? あやかしと人間が」

「何を驚いている? 俺たちあやかしも人間と同じ姿をして暮らしてると言ったろう? なにも不思議なことではない」

「う、うん。でも人間があやかしの世界に嫁ぐなんて……」

「たしかに、人間の嫁をもらうことにいい顔をしない連中もいるがな」

「そんな……どうするんですか?」


「そこは、愛があればなんとかなるだろう?」


「へ……」


 想像していなかった言葉が琥珀の口から出たことで、咲良は言葉を失った。


「なんだ? 俺なにか変なこと言ったか? あやかしにだって人間たちと同じように、人を思いやる感情はあるぞ」

「そうなんだ……」

「俺にとっては、それは咲良が教えてくれたがな」


 咲良は言葉の意味を理解するまでに時間がかかった。思わず顔がこわばる。


「へ? あ、あの……」

「や、なんでもない。ところで咲良は結婚を考えている相手はいたりするのか?」

「はい? いや、私まだ子供だし……」

「子供? 歳はいくつだ?」

「十八……」

「なんだ。結婚できるじゃないか。たしか人間社会では十五で成人じゃなかったか?」


 それはずいぶんと昔のことな気がする。


「いいえ、結婚は十八からです。琥珀さんは、いったい何歳なの?」


 咲良はおそるおそる訊いた。見た目は若者に見えるが、話してる感じだと三桁はいってそうな気がする。


「神々に年齢という概念はない。あまり気にしたこともないが」


 なんとなく予想していた答えだった。達観しているというか、妙に年寄りくさい。私はもっと琥珀のことが知りたくなっていろいろ質問を交わした。


「ところで、なあ、咲良。俺のことは呼びせてでかまわんが」

「え……でも」

「琥珀と呼んでくれると嬉しい」

「うん……わかったよ」


 返事をしつつも、その夜は結局名前を呼べなかった。
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