幸薄い少女は、常世の君にこころゆくまで焦がされる

告白


 二人で浜辺を歩き、しばらく海を眺めた。波の音が寄せては返す。

 夕日がゆっくりゆっくりと沈んでゆく様子を見るのは初めてだった。


「琥珀……私なんかが行ってもいいのかな……」

「──どういう意味だ」


 歯切れ悪く話し出す咲良に、琥珀はそっと耳を傾けた。


「私は……何もできない。取り柄はなにもないし、友達も、いない。宮野家に生まれたけど、家の人たちからは認められてない。大人になるのが、怖い。外の世界が怖いの。現世ですら、私は必要とされてないのに、あやかしばかりの常世へ行ったところで……居場所なんて……」


 喋りながら咲良はハッとした。「あやかしばかり」なんていう台詞は琥珀に対して失礼だ。傷つけてしまったんじゃないだろうか。

 咲良は呼吸を整えながら琥珀の様子をうかがう。


「ふ、そんな奥ゆかしいところもまた、素敵なのだ」

「え、ええ?」

「たしかに……常世に人間の居場所はない」


 琥珀は眉間にしわをよせて、強い口調ではっきりと言った。


(……やっぱり、そうだよね)


 琥珀の言葉に、咲良はうつむいた。


「だが、咲良の居場所はきっとある。いや、二人で築き上げるんだ」


 顔を上げると、琥珀は穏やかな表情を浮かべていた。


「お前は人間の中でもひときわ優しい心を持っている。俺にはわかる」


 琥珀の目は海岸線へと流れる。


「あの夜、俺を抱えて走ってくれた腕の中はとても心地よかった。その後、正体を現した俺の言葉を信じて、ずっとそばで看てくれた。そんなひたむきさに惹かれてしまったよ。種族の違いはとうに乗り越えている」


 透き通った琥珀色の瞳が、力強く見つめてくる。

 初めて自分を必要としてくれた人。その人のそばにいたい。咲良は強く思った。

 たとえそこが自身の生まれた世界とは違ったとしても──。


「行っても、いいのかな。琥珀の世界に」


 咲良がぽつりとこぼした言葉に、琥珀の表情がパッと明るくなる。


「もちろんだ。歓迎する」

「いろいろ、覚えないとだね。常世のこと」

「安心しろ。少しずつでいい。それにすぐに祝言をあげるということではない。咲良を連れていくにあたってはこちらもいろいろと準備がある。今すぐにはできない。咲良が学校を出るころ、来年の春だな。必ず迎えに来ると約束しよう」


 琥珀の顔がだんだんとにじんでいく。


(泣いちゃダメ)


 心の中でそう思った時、琥珀の手が伸びてきて目元をぬぐってくれた。すらっとした綺麗な指は、そのまま優しく頬を撫でる。


「人間は嬉しいときにも泣くのだな」


(そっか。私うれしいんだ。うれしくて泣いてるんだ)


 そっと腕を引かれて、咲良は琥珀の胸に身を預ける。

 波の音と共に優しく包み込んでくれる彼の顔は、夕焼けに照らされてか、紅く染まっていた。


 琥珀の顔が目の前に迫る。咲良は目を閉じて受け入れた。


 咲良の額に、琥珀の唇がそっと触れる。その微量の熱を懸命に感じた。


「今はこれで許せ。こうみえて我慢しているのだ」

「はい……」


 その後、水面(みなも)に映る幻想的な夕日を二人で静かに見送った。



 だんだんとあたりが暗くなったことに気づいて、咲良はふと我に返った。


「やばい、琥珀! 暗くなっちゃってる! 帰らないと」

「帰りは俺が送ろう。さ、つかまって」


 琥珀は咲良の体を抱えてお姫様抱っこの形をとった。


「やっ! また……」

「大丈夫だ。落とすもんか」


 何度されても慣れないものは慣れない。

 琥珀は空中へ飛び上がると、咲良を抱えたまま家の方へと飛んでいった。



 帰りはあっという間だった。

 時間が少し遅くなったが、家の者は誰も咲良のことなんて気にしていないようで安心した。


「咲良、今日は楽しかったぞ」

「ねえ、思ったけど最初から飛んで海へ行けばよかったんじゃない?」

「そうか。ならば今度はそうしよう」

「いや、ま、待って!? 飛ぶのはやめよやっぱり! 怖いから!」


 いくら妖術を駆使しているとはいえ、抱えられている側の咲良は気が気ではなかった。


「ちょっと!! 開けなさい!」


 突然、蔵の外から声が響く。ドンドンと扉を叩く音と共に、継母の言葉で咲良は我に返った。
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