幸薄い少女は、常世の君にこころゆくまで焦がされる
宮野家
意識を失っているレイコのために、咲良は急いで救急車を呼んだ。
すぐに救急車がやって来て、レイコは病院に運ばれた。咲良も付き添いでいっしょに行くことにした。琥珀は残されることに不安がっていたがこの場にいるとややこしくなるので先に帰ってもらった。
その後、継母が病院に飛んできた。咲良はいろいろと事情を聞かれたが、琥珀のことや悪いあやかしのことはもちろん口にしなかった。
「先生! レイコは大丈夫なんでしょうか! 何があったんですか!?」
「今のところ意識はありません。目だった外傷がないので何があったのかはハッキリしませんね」
「ううぅ、どうしてこんなことに……」
いつになく弱々しい継母といっしょに、咲良は病院で夜を明かした。父には夜中のうちに連絡がいっており、朝一番の飛行機で出張先から帰ってくるとのことだった。
朝になっても目を覚まさないレイコに絶望し、とうとう継母はヒステリックに騒ぎ出した。
行き場のない怒りの矛先は、やはり咲良へと向けられた。
「お前が何かしたんだろう! 正直に言いなさい!」
朝の病院の廊下がいっきに騒がしくなる。憤慨した継母をなだめようと病院関係者が集まってきた。
「落ち着いてください。他の患者様のご迷惑になりますので……」
「うるさいうるさい! あんたら何の役にも立たないくせに! 早く、手術でもなんでもしてうちの娘を助けるのよ!」
「無茶言わないでください。経過は安定していますから様子を見ましょう」
わめきたてる継母をなんとか説得する看護師たち。
「奥様、落ち着いてください。もうすぐ旦那様もやってきますので」
早朝にかけつけてきた使用人たちによってなんとかその場は収められた。
だが、しばらくすると継母はぶつぶつとなにごとかをつぶやきはじめた。
「そうだ。こんなときこそ先生に教えを請わないと。先生なら救ってくださるはずだわ」
先生というのは占い師のことだろうか。継母は思い立ったように携帯電話でどこかへ電話し始めた。
しかし、「おかけになった電話番号は現在使われておりません」という音声ガイダンスが漏れ聞こえてきた。
「えっ、どういうことよ……」
継母は目を見開いており、唇がわなわなと震えている。その表情はこの上ない不安をはらんでいた。
その後も狂ったように電話をかけ続け、つながらない画面を見てつぶやく継母。
「な、なんなのよ。使われてないって。なんで……どうして……あんなに払ったのに……」
事情はわからないが継母は焦燥感にかられていた。「払った」とはいったい何のことだろう。
すると、その時。
「どこへ電話をかけている」
病院の廊下に無機質な男性の声が響いた。
「あ、旦那様」
「旦那様!」
声の主は父だった。口々にあいさつをして頭を下げる使用人たち。
宮野家の当主、宮野宗一郎は昔ながらの伝統を重んじる堅物な人だ。
宮野家においては絶対的支配権を持っている。宮野家の者たちにとってはまさに畏怖の対象でもある。
「お前、レイコの容体は」
「そ、そ、それは……」
別に責められているわけでもないはずなのに、後ろめたいことでもあるのか、継母は焦りに顔をゆがませていた。
そこにいる者は皆、父と継母、二人の会話を黙って聞いていた。
「どこへ電話をしていた」
「いえ、ちょっと午後からのお茶会をキャンセルしていただけで……」
「嘘をつくな。占い師のところだろう?」
「ひっ、な、なんでそれを……?」
「俺が何も知らないとでも? ずいぶんとつぎ込んでいたそうだな。おい、原田」
父が名前を呼ぶと、使用人の原田が声をあげた。
「旦那様、電話でも報告した通りですが」
その後、原田はみんなの前で説明を始めた。
家の金銭管理は継母が行っていたが、帳簿自体は父も時折確認していたそうで、ある時期からごっそりと何かに大金が使われていることに気が付いたそうだ。
先代から宮野家に仕えていて信頼のおける原田にそれとなく監視をさせたところ、継母の使い込みが発覚したというわけだ。
たんたんと説明する原田を、継母はキッとにらみつける。しかし原田は涼しい顔をしていた。
「それで、その占い師に金を持っていかれ、連絡がつかないというわけか」
問い詰める父に対して、うろたえる継母。
「い、今から店舗の方へ行って直接会ってきますから! 前金で払ったお金も返してもらってくるわ!」
「何を言っている。今はレイコの心配をする方が先だろう。それに電話番号を変えているなら、店もすでにもぬけの殻に決まっている」
「そ、そうね。じゃあ、あとで必ず占い師の居所は突き止めるから……」
「いや、もういい。お前の処分は考えてある」