幸薄い少女は、常世の君にこころゆくまで焦がされる

継母と異母姉


 父の言葉に、その場にいる全員に緊張が走る。


「宮野家からお前の籍を外す。今からお前は自由の身だ。占い師でもなんでも、好きなところへ行け」

「そ、そんな……。宗一郎さん、待って! ひどいわぁ!」


 突然離婚を言い渡された継母は、ここが病院の廊下ということも忘れて泣きくずれた。

 しかし彼女を心配して止めようとする使用人はいない。なぜなら継母はもう宮野家の人間ではないからだ。

 宮野家では当主の言うことは絶対だった。

 継母は地面に突っ伏して泣いていたかと思うと、しばらくすると顔を上げた。

 鬼のような形相をした継母は、咲良をにらみつけてきた。


「あんたのせいよ! あんたのせいでレイコはあんなことに、私のこともハメたのはあんたなのよ! 消えなさい! 今すぐここから消え失せるのよ!」


 継母がわめき散らす支離滅裂な言葉が、廊下に響いては消えていく。

 咲良はそんな継母の最後の姿を、何も言わずに見つめていた。継母か咲良、どちらが消えるべきかは、場の雰囲気が物語っている。


「病院に迷惑がかかる。連れ出せ」


 宮野宗一郎の言葉によって、()は外へと運ばれていった。



 咲良は、昨晩別れてきた琥珀のことが気がかりだった。蔵で一人、咲良の帰りを待っているのだろうか。それともどこかふらふらと彷徨っているのだろうか。


「咲良」


 父に突然話しかけられて、心臓が飛び跳ねた。


「は、はい!」

「なんだか見違えたな」


 どういう意味で、見違えたと言ってるのか。詳しくは語られなかった。

 半年ぶりの父との会話はそれだけだった。

 咲良にとって唯一の肉親である父親だが、そこに家族らしい関係はあまりない。仕事でほぼ家にいないため、純粋なコミュニケーションの時間でいえば、継母やレイコよりも少なかったかもしれない。



 夜になってから咲良は屋敷に戻った。しかし、蔵の中に琥珀の姿はなかった。


 代わりに布団の上に手紙が残されていた。


 その晩は、一睡もできなかった。

 それから一週間が経っても、琥珀が姿を現すことはなく。

 琥珀がいない蔵の中で咲良は懸命に想い続けた。これほどまでに彼を必要としていることを改めて実感させられた。この苦しみが永遠に続くのではないかと咲良は日に日に不安になっていった。



 レイコは数日後に意識を取り戻したが、精神に異常をきたしていた。四条というあやかしの妖術にひどくあてられた影響だろう。

 一度、病院に面会に行った時に見た彼女の姿はおぞましいものだった。かつての明るさも洒落っ気もなく、どんよりとした眼差しで宙をあおぎ、意味不明なことをつぶやいているだけだった。


「生きて(はずかし)めを受ける必要もあるまい」


 いっしょにいた父の放った言葉はとても印象的だった。

 のちに、レイコは都会にある大きな医療機関に長期入院という形で、幽閉されることになる。



 ある日、父に呼ばれて母屋に顔を出した。あの事件があってから父は頻繁に屋敷に帰ってくるようになった。


「すまないな」


 わざわざ呼びつけたことに対してだろうか。父の言葉は短すぎて、何を言いたいのかうまく読み取れない。いつものことだが。


「咲良。今まで、ほったらかしていてすまなかったな」

「いえ、お父様は仕事があるので、それは仕方のないことです」

「あんな蔵で過ごしてないで、離れにでも移ったらどうだ。何部屋も空いているんだから」

「前も言いましたが、私はあそこが好きなんです」

「そうか」

「はい……」


 話が一区切りつくと、父の目の色が変わった。


「咲良……高校を出たら、どうする」

「……」

「お前が将来事業を継承することもふまえて、うちの会社に入ってみるか」


 答えることができなかった。

 父の経営する会社に入り、いずれは後を引き継ぐなんて考えたこともなかった。

 だが、私は即決した。


「お父様、ごめんなさい。それはけっこうです。私には行きたいところがあるんです」

「それはどこだ」

「時期が来たら、お伝えします」

「わかった。好きにしなさい」


 父の言葉に安堵した。

 たったそれだけの会話で、具体的なことは何一つ言えなかったが、なんとなく伝わったような気がした。
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