幸薄い少女は、常世の君にこころゆくまで焦がされる
手紙
咲良へ
別れも告げずにいなくなることをどうか許してほしい
私は当主として一刻も早く里に帰り、四条を討ち取ったことを
皆に報告しなければいけない
だから。夜明け前にはここを出て常世へ行こうと思う
君も家のことや家族の者との事情もあると思うので
私のことにはかまわずに直面している問題に向き合ってほしい
半年後、桜が咲く頃に必ず迎えにこよう 約束だ
それまで寂しい思いをさせることになってしまうが
君を愛した男のことを忘れないでいてほしい
琥珀
咲良は何度も何度も読み返した手紙を、今朝もまた読み返していた。
一言一句が丁寧な文字で書かれている。
涙がひとしずく、手紙の上にぽつりと落ちる。
季節は秋を過ぎ、冬になっていた。
夏の終わりの、あまりにも突然の別れに、咲良はしばらく気持ちの整理ができないでいた。だが今となっては、この手紙に書かれた約束を支えにして前を見据えて生きることができている。
あの時、いっしょに過ごした数日間は夢だったのではないかと思う夜もあった。
目を閉じればよみがえる琥珀との思い出。それを思い出すことで、体は冷えても、心まで冷えることはなかった。
琥珀の置き手紙が、そして部屋の床で拾い上げた黒い猫毛が、琥珀が現世にいたことを証明していた。
咲良は高校を卒業だけはしようと赤点を取らない程度には勉強を頑張った。受験勉強はいっさいしていないが。
やがて冬が過ぎ、卒業式を迎えた。
卒業式の日の夜、もしかしたら奇跡が起こるんじゃないかと少しばかり期待した。
しかし、人間の世界の行事ごとなど、あやかしにとっては何の関係もない話。
琥珀が咲良の元を訪れることはやはりなかった。
しかし、咲良の心は決して渇くことはなかった。
そして、宮野家の庭にとうとう桜の花が咲いた。