幸薄い少女は、常世の君にこころゆくまで焦がされる

再会


「やったぁ!」


 茜さす春の庭で一人、咲良は喜びの声をあげた。

 先日まで(つぼみ)だったもののいくつかが、ようやく開き始めていた。

 先週から毎日毎日、いまかいまかと庭の桜の木の前に立っては、小さな蕾が膨らんでいく様子を眺めていた。

 日がな庭に出ては、何をするわけでもなく桜の木の前でたたずむ毎日。

 そんな咲良の姿を目にした使用人たちの中には、ついにはあの子までおかしくなってしまったと憐れんでいる者もいたようだ。

 高校を卒業したのに進学も就職もせずに家にいては、そう思われるのも仕方ない。

 高校卒業後に家を出るという話は継母が独断で決めていたことだったため、彼女なき今はその件について触れる者は誰もいない。

 そして、ついにその日が来た。

 桜の花が咲く時が。

 咲良はこの時を待ちわびていたのだ。


「やっと……咲いた……」


 春の草花たちが芽吹いている地面に目を落としながら、咲良はぽつりぽつりと気持ちをこぼしていた。


「長かった……」

「早く、会いたいよ……」


「俺もだ」


「──ほんと?」

「ああ、ほんとだ」


 突如現れたその声と気配に、全身の毛が逆立った。


 ゆっくりと、後ろを振り返る。


 そこには、琥珀が、佇んでいた。


 この日をどんなに待ち焦がれたか──。


 あれから半年以上が過ぎても、彼の穏やかな表情は出逢った頃のままだ。


「待たせたな、咲良」


「こ、はく……」


 感極まって言葉が出てこない。あふれ出そうになる涙を必死にこらえながら、咲良は震える足で歩を進める。


「琥珀……」

「咲良……」


 お互い少しずつ、少しずつにじり寄る。

 一歩、また一歩、まるで会えなかった期間の苦しみをかみしめるように。


 そして、咲良は琥珀の(ふところ)へと飛び込んだ。


「すまない!」

「いいから、謝らないで」


 琥珀の両の手が、ためらいながらも背中を包み込む。別れた夜のことにうしろめたさや申し訳なさを感じているのか、いささかの迷いが背中に伝わってくる。


「言葉も交わさずに別れてしまって……」

「んーん、いいの。琥珀……会えただけで、ほんとうに」

「俺もだ。咲良」

「ちゃんと信じてたから。来てくれるって。琥珀は約束を必ず守るって」

「心配をかけたな。こうして会えてよかった」


 琥珀は腕に力を込めると、私をぐっと抱き寄せた。

 その体温(ぬくもり)、香り、鼓動、全身で彼を感じる。酔いしれる。

 顔を見上げれば、透き通るような琥珀色の瞳に吸い込まれそうになる。

 見つめ合った刹那、まるで時が止まったかのような、そんな錯覚に陥ってしまう。

 この一瞬一秒を待ちわびていた。自分の心臓の音がそれを教えてくれていた。


 ただこの時間(とき)を、永遠(とわ)に感じたいと、そう思った。


 琥珀の手が背中から離れ、両肩に添えられる。


「ますます、綺麗になったな」

「──! い、いや変わってないよ」


 のぞき込むようにして見てくる琥珀に、思わず身もだえする。


「照れるな。ぐっと艶っぽくなったぞ」

「琥珀も、相変わらず素敵だよ」


 そう言った瞬間、琥珀の体が数センチ飛び跳ねる。


「そ、そんなこと言ってくれたの、初めてじゃないか!?」

「え、うん、そりゃあ……言えないよこんなこと」

「な、なぜだ。もっと、もっと言ってくれ。俺のどこが素敵なんだ!?」

「もう! そんなこと言われたら逆に言えないって」


 はがゆい表情をする琥珀が、とてもいとおしかった。彼に対してかけてあげたい言葉は積もるほどあるが、それを意識して言うのはこっ恥ずかしい。

 「そういえば」と言って、琥珀は思い出したように周囲に目を走らせる。


「勝手に屋敷の中に入ってきてしまったが、よかったのだろうか。人の気配はなかったが」

「大丈夫。今はあまり人がいないし」


 使用人たちは住み込みの原田をのぞいて誰も来てないし、父はまだ寝ているだろう。

 琥珀のこと、常世のこと、父には言わなければならない。突拍子もない話だが、父なら受け入れてくれると信じている。

 父が起きるまでの間、蔵の中で過ごすことにした。
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