幸薄い少女は、常世の君にこころゆくまで焦がされる
祝言の誓い
漆喰に固められた座敷牢。かつて咲良が過ごしていた蔵は無慈悲な場所だった。
しかし、今は違う。琥珀と初めて会った思い出の場所として上書きされている。
「今更なんだが、咲良の父上は俺たちの結婚を許してくれるだろうか?」
「大丈夫だと思うよ」
琥珀の不安をよそに、咲良はたいして心配していなかった。
嫡子でなかったため、子供のころから今まで散々ほったらかしにされた身だ。別に父がなんと言おうと咲良は常世へ嫁に行くと腹は決めていた。
以前、父には家を出る旨は伝えてある。
結婚するとは言ってないが、やはりビックリするだろうか。いつも無表情な父が驚く顔を少しだけ見てみたいと思った。
床にあぐらをかいていた琥珀が、手招きをした。
「咲良、こっちへ来い」
少し距離をおいて座っていた咲良は、立ち上がって琥珀のそばに腰を下ろした。
「もっと近くで咲良を見たい。今一度触れてもいいか」
「う、うん」
久しぶりに会ったせいもあり、ぎこちなく距離を測りながらゆっくりと触れ合う。
琥珀は咲良の肩を抱き寄せて、そばへと引き寄せる。そして、手を握ってくれた。
「咲良、こうしてまた二人になれることをずっと夢見ていたぞ」
「うん、私も」
「つらい思いをさせたな。学校は無事終わったのか?」
「ええ、なんとか。琥珀も、常世でいろいろあったんでしょ?」
「そうだな。咲良を嫁にもらうにあたってあちこち説得にまわったな」
「そ、それはほんとにお疲れ様……」
「心配するな。誰にも文句は言わせない」
「うん、ありがと。それに何があっても平気。私は琥珀のことが好きだから、愛ですべてを乗り越えていけるって思うから」
互いの指を絡め合う。琥珀の指先からぬくもりが伝わってくる。
「愛……か。咲良に拾われてここで優しい言葉をかけてもらった時から、俺の心は咲良に奪われてしまったようだな」
「そうなの? 私なに言ってたっけ……なんだか恥ずかしいなあ」
「ふふ」
「えー、なになに?」
「いや、可愛いなと思って」
「なんて言ったんだろ。思い出したいなあ」
琥珀の心が揺れたという言葉、それをまたかけてあげたいと思った。琥珀の喜ぶ顔がとにかく見たいと。
「いや、何も言うな。愛を伝える方法はなにも言葉だけじゃない」
琥珀はそう言って、顎に手を添えてくる。
そして、口づけを交わした。
語り合う代わりに重ねられた唇。
それは、半年分の秘めた思いを交換しあうように。
それは、これからの日々の期待を紡ぎだすように。
「咲良、愛している」
「私もだよ、琥珀」
「結婚しよう」
二人だけの世界に酔いしれながら、互いにぎゅっと抱きしめあった。
Fin.