幸薄い少女は、常世の君にこころゆくまで焦がされる

魔窟


「あっ! 咲良! 衣替えしたんだ! キャハハハ!」


 次の日、教室へ入るなり、レイコが指をさしてきた。彼女の周りの女子生徒たちも眉をひそめて私の方を見ている。


 「あんたが切ってくれたんでしょ? 涼しくてちょうどいいわ」なんて嫌味ったらしく返せたらどれだけいいか。

 実際は無言で席に向かう。咲良の席はレイコの前だ。近くまで来るとレイコたちはヒソヒソと小声になる。さっきまであんなに騒いでいたのに。

 私は押し黙ったまま席に着くと、ボロボロのカバンから教科書とノートを取り出した。背中に彼女たちの視線を感じる。


「なんか臭くない?」
「ちょっと匂うね。誰?」


 レイコたちの心無い言葉を浴びながら、咲良は予習するフリを続ける。

 レイコと咲良は同じ高校で、同じ三年一組の生徒だった。立場的には二人は姉妹だが、宮野家の事情はクラスメイト全員が知っている。レイコが咲良を嫌っていることも。



 放課後。終業のベルが鳴ると同時に教室は活気づく。


「今日はどこ行こっかー」
「ゲーセンでプリは?」
「いいねー、四人で撮ろ! キャハハハ!」


 放課後の寄り道は校則で禁止されているが、彼女たちはおかまいなしに今からの計画を大声で話している。

 レイコたちのはしゃぐ声に背中を向け、咲良がさっさと教室を出ようとすると、教壇の前で担任に呼び止められた。


「咲良さん、ちょっといいかしら?」


 咲良は自分の名前を呼ばれることはめったにないので少し気分が上がった。このクラスには宮野が二人いるため、下の名前で呼び分けるのだ。実際に呼ぶのは先生たちだけで、生徒たちは誰も咲良の名前を呼ぶことはない。


「あ、はい」


 咲良が小さく返事をすると、担任は苦笑する。


「手伝ってほしい仕事があるの、今から時間ある?」


 こういうお手伝いは日直や担当係の仕事のはずだ。


「えっと……」


 咲良が何かいいたげに黒板の隅に目をやると、担任は少し困った顔をした。

 今日の日直はレイコだった。担任は一瞬だけレイコたちの方へ顔を向けるが、すぐに視線を咲良に戻した。


「レイコさん。用事があるみたいなのよ。だから代わりにお願いできないかしら」


 そう、レイコは校則を破ってゲーセンに行かなければいけないから忙しいのだ。だから私が先生のお手伝いをする。これはこの狭い世界の自然の摂理だった。
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