幸薄い少女は、常世の君にこころゆくまで焦がされる

迫られる少女


「や! やだ! だれっ!」


 やっと声が出た。こういう時に出る言葉は意外にも悲鳴ではなかった。男の体を両手で押して遠ざけようとする。

 ゴツゴツとした胸板。相手の暖かい肌の感触が手に伝わってくる。


「おっ、どうかしたか?」

「いや、いや、いやー!」


 男の体の下で必死にもがきながら、咲良は布団から這い出た。そのまま床を転がる。

 あわてふためき警戒する咲良とは対照的に、男は悠然としていた。


 ゆっくりと彼を見上げていく。


 細身だが男らしい上半身に目を見張る。透き通るような白い肌。下半身はシーツで隠れているのが救いだ。


「朝から元気だな、人間は」


 そう言って微笑む男の顔は、かっこいいというより、美しかった。


 深く美しい漆黒の髪に、モデルのような小顔がすっぽりとおさまっている。鼻筋がすっと通り、唇はうすくあざやか。黄色がかった(はかな)げな瞳が際立っている。非の打ちどころのないイケメンだった。

 その浮世離れした容姿に、咲良はつかのま見惚れていた。見知らぬ男に寝込みを襲われるという、本来なら恐怖するようなシチュエーションのはずが、安心感すら覚えてしまっていた。


(待って待って)


「だ、だれですか! なんでここに!?」


 咲良のふり絞る声に、男は眉を上げる。


「驚かせてしまってすまない。咲良があまりにも可愛い顔で眠っていたのでつい……」

「な、な……なんで私の名前!?」


 いや、そんなことよりも可愛いって言った!?

 誰かにそんなことを言われるのは初めてだ。しかも、耳障りのよい声がとても優しい。

 彼は薄い笑みを浮かべながら、口を開いた。


「昨晩、名乗ってくれたじゃないか。俺のことを撫でながら」


(さくばん!? なんのこと! な、なでながら!?)


 目をシロクロさせている私を見ながら、彼は猫のように舌なめずりをした。

 彼の口調はやけに落ち着いているが、歳は私とそんなに変わらない気がする。いってても二十歳くらいだろうか。


「もしかしてドロボー……?」


 ここは古い蔵だが、あるのはガラクタとゴミばかりで金目の物など何一つない。だが外観は立派に見えるため、間違えて盗みに入るのもおかしくはない。


「失礼な、俺は盗人なんかじゃない。昨日咲良が助けてくれたからここにいるんじゃないか」

「私が助けた……?」

「そうだ。雨の中、俺を抱えてここへ連れてきてくれたろ。嬉しかったぞ」


 物憂(ものう)げな目で見つめてくる男。その神秘的な黄色の瞳には見覚えがあった。


(あれ、もしかして……)


「昨日の猫ちゃん!?」

「いかにもだ」
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