幸薄い少女は、常世の君にこころゆくまで焦がされる
手当て
「ケガしてますよ! ごめんなさい、気づかなくって!」
「かまうな、時間が経てば治る」
「ダメです。化膿しちゃったりしたら大変ですから」
琥珀はあやかしなのだから、人間と違ってこれくらいかすり傷なのかもしれないが、血が出てる以上放ってはおけない。
慌てて階段を降りようとする咲良を琥珀は呼び止める。
「待て、誰か人を呼ぶのか?」
「いえ! いいから待っててください!」
咲良は蔵を飛び出して、離れへと向かった。
早朝で屋敷は静かだったが、誰にも見つからないようにこっそりと救急箱をあさる。ガーゼと消毒液を持ち出して蔵に戻った。
琥珀の衣服を脱がし、傷口の血を拭いて消毒した。
「ぐううぅ!」
「ごめんなさい、しみるけど我慢して」
清潔なガーゼをあてて、その上から包帯代わりに自分の洋服でぐるぐる巻きにした。
琥珀はうっすらと目を開けて、顔をゆがめている。
「ありがとう。この場所は静かだな。誰も来ないのか?」
「うん」
「俺なんかがここにいても、大丈夫なのか?」
「別に、邪魔では……」
「いや、そうではなく……」
「……あやかしだから?」
「……そうだ。俺は本来現世にいてはならない存在──」
「私は大丈夫。ケガが治るまでゆっくりしてください」
「そうか。だが咲良の家族は許すだろうか。できれば誰にも言わないでほしいんだが」
「ん? うん」
元より言うつもりなどなかった。猫ですら許されないのに、知らない男を家にあげていたなんてことが継母たちにバレたら大変な騒ぎになる。
「大丈夫。誰にも言わないから。だからこの部屋からは出せないけど、我慢してくださいね」
「助けてもらった身でワガママは言えんよ、ケガが治るまでここにいていいのか?」
「もちろんです。ねえ琥珀さん。私そろそろ学校なので行ってきます。ここで休んでていいですから」
咲良はもう一度蔵を出て、ペットボトルに水をくんできた。
「水、置いとくから飲んでください。家の人に見つかるといけないからなるべく音を立てないで。誰か来たらここに隠れてくださいね」
咲良はそう言って大きな茶箪笥の後ろを指し示す。
本当は付きっ切りで看てあげていたかったが、学校を休むわけにはいかない。不信に思われる行動をしたら継母やレイコに怪しまれてしまう。
屋敷の正面にある大きな長屋門、ここは宮野家の玄関にあたる場所だ。しかし、中央の立派な大扉は宮野家の家族以外がくぐることは許されていない。そのため使用人たちは脇にある潜戸を利用する。
継母やレイコから家族と思われてない咲良も、大扉をまたぐことは許されず、潜戸を通って出入りしていた。
門の外へ出ると、送迎用の車にちょうどレイコが乗り込むところだった。黒塗りの高級車、運転席には雇われた運転手がニコニコと座っている。
「あ、咲良じゃん。おっさきー。今日もマラソン頑張ってねー」
レイコを乗せると車は行ってしまった。咲良は一人道路わきに残される。
あれは宮野家の家族専用の送迎車だった。そう、家族以外は乗れないのだ。
(やばい、遅刻だ)
琥珀の看病をしていたため、今朝は出るのが遅れてしまった。
咲良は走った。
高校は車で五分の距離だが歩くと三十分近くかかる。始業まであと十五分のため走らなければ間に合わない。
その日の放課後、学校で三者面談が行われた。一応保護者という形になっている継母と出席したが、話はすぐに終わった。
「高校を出た後は、この子の自由ですから。じゃあ、そういうことで」
継母のその一言に担任も何も言わなかった。もちろん私も。
「まったく、時間とらせて。この後先生のところへ行かなきゃいけないんだから。あんたは歩いて帰りなさいよ」
継母はそういって送迎車に乗り込んで行ってしまった。「先生」というのは占い師のことだろう。最近、足しげく通っているらしい。
咲良は急いで家に帰った。