私の恋がはじまった日

 怖い、嫌だな、ってそればかり考えていると、ふわっとなにかが私を優しく包みこんだ。温かくて落ち着く匂い。


 藤宮くんが私を、優しく抱きしめてくれていた。


「あ、あの…」


「俺がそばにいるから、大丈夫」


 藤宮くんの声は、今まで聞いたこともないくらいに優しくて温かかった。


 私を安心させるような穏やかな声。


 また外が明るくなって、ゴロゴロと雷が鳴る。


 でも、藤宮くんがそばにいて、怖くないように私の背中をさすってくれていたから、すごく安心してしまったんだ。


「佐藤が落ち着くまで、こうしてるから」


「うん……」


 藤宮くんって、本当に不思議な人だ。


 私をからかったかと思うと、優しくしてくれたり、抱きしめてくれたり。


 こんなのどうしたってドキドキしちゃうよ……。



「……早く、思い出せよ…」


 藤宮くんがつぶやいた小さな言葉は、雨と雷にかき消されて、私の耳に届くことはなかった。

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