騎士団長の一途な愛は十年目もすれ違う

「ひ……クレイグ様!」
「同意なく女性に触れるのはよくないな」
「す、すみません……!」
 
 彼は弾かれたように慌てて医務室を出て行った。騎士志望で彼のことを知らない者はいない。

「あら、クレイグ。見ていたのならもっと早く助けてくれてもよかったのに」
「今きたところだ。全く、教師につめよるとは……」
「同意があったかもよ?」
「まさか」

 口だけ笑むとクレイグは「チェルシー、いつものを頼む」と言った。
 
「こういうのが男の余裕というのですよ、アオハルくん」
「何だ?」
「ううん、なんでも。はい、いつもの」

 チェルシーは戸棚からガラス瓶を取り出して、クレイグに手渡す。彼はそれを受け取るとすぐに飲み干した。

「騎士団は専属のヒーラーがいるんだから。私の調合した回復薬よりずっと性能はいいんじゃない」
「これが一番効くんだ」
「惚れ薬が入ってるからかしら?」
「……本当か」
「冗談よ」

 軽く笑ってチェルシーは、空いた瓶を片付けた。
 週に一度ほど。回復薬をもらいにクレイグは学園の医務室を訪れる。学生時代からクレイグが気に入ってる回復薬だ。
 時々遠征などで来られないときもあるが、それ以外は必ず休みのたびに訪れる。

「最近忙しかったの? 二週間ぶりね。休暇がなかったの?」
「まあ、そうだ」
「身体大丈夫なの? ……まあ、可愛い恋人のためだものね?」
「そうだ」

 ゆっくりと頷いたクレイグは「それじゃあ、また来る」と言うと、医務室から出て行く。
 ガラスが胸に刺さったような気分でチェルシーは彼が出て行くのを見守った。
 クレイグは毎週恋人のために王都へやってくるのだ。
 それほど思われている恋人が羨ましい。顔も知らない恋人に嫉妬心が出てくることが恥ずかしくなり、チェルシーは考えを振り切るために瓶を洗うことにした。
 ここに立ち寄るのは恋人に会うついで。虚しさがこみあげるけれど、それでも数分会えることが嬉しくて彼のための薬を用意して待ってしまう。
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