騎士団長の一途な愛は十年目もすれ違う
扉がノックされて、女性が入ってくる。
「あら、その瓶。またクレイグが来ていたの?」
「そう」
「ふうん、それでそんな切ない顔してるわけね」
彼女はクレイグとチェルシーと学生時代からの友人で、同僚だ。チェルシーの長年の片思いを知っている彼女は眉を下げる。
「諦めたくとも毎週ここに立ち寄られたらねえ」
「そうなのよ。すっかり行き遅れだわ。……親にもいい加減にしなさいと言われているし」
平民とはいえ、王都では二十五歳になるとほとんどの人が結婚している。そろそろ結婚しなさいと親には散々言われている。
恋愛結婚が流行っているが、今さら恋など出来ると思わない。親に定められた相手でもいいとチェルシーは思っていた。
「私はあんたたちが結婚すると思ってたけどね。でも、まさかクレイグに恋人ができるなんてね」
「……クレイグは貴族の出よ。元々私とは身分も違うから」
友人が口を開こうとしたがチャイムが鳴り、話は途切れる。彼女が出て行けばチェルシーは瓶の洗浄を再開しはじめた。
学校を卒業してもずっと顔を合わせるから諦めたくとも、諦められない。
長年続く恋心も早く洗い流してしまいたい、そう思いながら。
*
二人が出会ったのは、チェルシーの勤務先でもあるこの士官学校だ。
平民から下位貴族までが通う学校で、チェルシーはヒーラーを志望していた。女性でも騎士団の看護隊として所属することが可能で、食い扶持には困らないからという単純な理由だ。
実戦の授業が増えていくなか、騎士とヒーラー志望はペアやグループを組むことが増えた。
成績順に自動的に選ばれれば、それぞれトップの成績を残していた二人は自然と一緒になる。いつしか授業以外でも共に行動するようになっていた。
チェルシーがクレイグへの恋心に気づいたのは今日と同じく、助けてもらったときだ。
派手な男子に目をつけられた十六歳のチェルシーは言い寄られていた。といってもそれが本気のものではなく、真面目な女生徒をからかったものだということをチェルシーは良く知っていた。
「チェルシー、たまには本を捨てて遊びに行こうよ。ずっとこんなところにいたら腐るって」
「遠慮します」
「なんで?」
図書館に通っているチェルシーの後を軽薄そうな笑顔の男がまとわりつく。