秘密の恋〜その相手は担任の先生!〜
確認
――高崎side
「はぁ~……」
職員室で高崎はため息をついた。目の前には大量のプリントの山。今日中に採点して明日には生徒に配らなければいけない物なのだが、今はそれどころじゃない。
千尋が白石雄太と付き合い始めたという噂は高崎の耳にも入っていた。
「まさか白石君と……」
額に手を当てて机に蹲ってしまった。隣で藤堂が心配そうに見つめていた。
自分が学校を辞めると言ったばかりに、千尋に迷惑をかけてしまった。何も停学にする事はないだろうと校長に憤ったものの、原因は自分自身だという事に気づいて心底後悔している。
何も今すぐ答えを出させようとしなくても、他にもやりようがあったはずだと冷静になった頭が言っていた。
例えば卒業するまで待つとか、他に好きな人がいるのなら綺麗さっぱり忘れる努力をするとか。
「あぁ~!」
突然発した声に藤堂をはじめ、職員室に残っていた他の教師もビックリした顔でこちらを見てくる。高崎は慌てて頭を下げた。
「す、すみません……」
「高崎先生。大丈夫ですか?最近元気ないみたいだけど。俺で良かったら相談乗りますよ?」
藤堂が顔を覗き込みながら言う。その気遣いは嬉しかったが、流石に生徒がらみの恋愛相談を同僚教師には出来ない。
「俺も……立場は同じだからさ。」
「え?」
「んー……何でもないです。すみません。じゃあ先帰りますね。お疲れ様です。」
「お疲れ様です……」
何かを言いかけて止めた藤堂を不思議そうに見送る。しばらく首を傾げていたが、プリントの山を見てハッとした顔をするとようやく仕事に取りかかった。
――桜side
「千尋も帰っちゃったし、私ももう帰ろうかな。」
誰もいなくなった教室で一人呟く。鞄を持つと重い足取りで廊下に出た。
千尋が雄太君と付き合うって聞いた時は正直言って腹が立った。せっかく両想いなのに何で?って思った。自分の気持ちに蓋をして誰も幸せになれない未来を選択した事に悲しくなった。
だけど一方で、それが千尋が選んだ道なら親友として応援してあげなきゃいけないんじゃないかっていう風にも思う。もしかしたら千尋には雄太君の方が似合うのかも知れないし、『先生と生徒』っていう縛りのせいで辛い思いをするよりは良かったのかも知れない。これから先の事は千尋の問題なんだから、私がとやかく言う事ではない。
そこまで考えたところでハッとなった。
「そっか……私だって『先生と生徒』なんだよね。」
急に現実に引き戻された。千尋の事ばかりに気を取られていたけど、自分だって同じなんだ。私の場合両想いなんかじゃないから、諦めた方がいいのは自分の方なのかも。
「桜!」
「……え?」
なんて暗い事ばかり考えてたら声をかけられた。しかもそれが今思い描いていた人の声だったから尚更ビックリしてしまう。
「藤堂先生……」
「良かった。まだ帰ってなかったんだな。」
息を切らせてこっちに走ってくる。私は煩いくらいに鳴る心臓を抑えながら先生が来るのを待った。
「何か用ですか?」
「あのさ、前に言ってただろ?期待してもいいって。」
「……そんな事言いましたっけ?」
「とぼけるなよ。」
鋭い視線が胸を射抜く。私はそのまま固まってしまった。
「俺はこの通りいい加減だからさ、恋愛とかも雰囲気に流されたりとか付き合っても大事にしてやれなくてダメになっちまうとか、そんなんばっかりだった。」
苦笑する先生に私も苦笑いを浮かべる。
「それでも本当はちゃんとしたいって思ってんだ。だけど本気でそう思える相手がいなかった。今までは。」
顔が熱い。胸が痛い。思わず目を閉じる。それでも先生の視線は感じられた。
「千尋からはあれはジョークだって聞いたけど本当はどうなんだ?」
「どうって……」
「ジョークかジョークじゃないか、だけ聞かせてくれ。」
「……ジョークじゃないです。」
「そうか、ありがとう。じゃあ暗くならない内に帰れよ。」
「あ……先生。」
「ん?」
「いえ、何でも。じゃあさよなら。」
「おう。」
軽く手を上げて職員玄関の方へと歩いて行く先生をボーッと見つめる。姿が見えなくなった途端、力が抜けてその場にへたりこんだ。
「何今の……?」
藤堂先生の言葉とその瞳を思い出す。あれは嘘やからかい等ではなくて真剣なものだった。そもそも先生は嘘が嫌いだから本音なのだろう。
だけどそれを私に言うっていう事はどういう事になるのか。あの時の『期待してもいい』という言葉がジョークかジョークじゃないかを確かめて何になるというのか。
「どうしよう、千尋……」
先生の真剣な瞳を思い出しながら親友に助けを求めたのだった……