秘密の恋〜その相手は担任の先生!〜

涙の果てにあるもの


 雄太君と別れた次の日、私は朝から目ん玉吹っ飛ぶくらいの衝撃を受けた。
「それマジ!?」
「マジ、マジ。真剣と書いてマジ。」
「それ前にも言ったね……はぁ~マジか……」
 机に覆い被さる。余りのショックに言葉も出ない。
 つい今しがた桜からめでたい報告を受けたばかりだ。ちらっと横目を見ると幸せオーラむんむんのニヤけ顔。……何かムカつく。
「で、千尋の方は?」
「え?」
「そっちも何か報告があるんでしょ?」
「わかった?」
「わかるよ。雄太君がらみ?」
「うん……」
 私は突っ伏していた机から顔を上げると、思い切って言った。
「実は……雄太君にフラれた。」
「えぇ?マジ?」
「マジです……。っていうか、そうさせたっていう方が正しいかも。」
「どういう事?」
 小首を傾げる桜に昨日の雄太君の言葉を伝えた。

「そっか……雄太君も悩んでやっと出した結論なんだね。」
「私最低だ……ううん、雄太君に甘えちゃった時点で最低だったんだけど、いっぱい傷つけて悩ませて。それなのに最後まで気をつかわせて……何やってんだろ、私……」
「千尋……」
 昨日散々泣いたはずなのにまだ涙が出てくる。桜のあったかい手の感覚が肩に触れた。
「雄太君は千尋の泣き顔なんて見たくないと思うよ。」
「……うん。」
「だから今度会った時は笑えるようにしないと。そうじゃなきゃ雄太君の思いが無駄になる。」
 真剣な顔で語りかけるような声に、いつの間にかもう涙は止まっていた。
「今度は千尋の番だよ。自分の気持ちに素直になって先生の胸に飛び込め!」
 ビシッと音がつきそうな勢いで人差し指を廊下……というか恐らく職員室の方向に向ける。私は苦笑した。
 そうだ、ちゃんと自分の気持ちに素直になって受け入れて先生に伝える。それが私のやるべき事。

「桜!」
「おっ!やる気出てきた?」
「うん。私頑張る!」
「頑張れ!応援してるよ。」
「ありがと。あ!」
「どうした?急に大きな声出して。」
 突如として上げた大声に桜が若干ビックリしている。私は改めて桜に向き直った。
「良かったね、桜。おめでとう。私も嬉しいよ。」
 一瞬きょとんとした桜だったが、見る見る内に目に涙が溜まってきた。
「……ありがとう。」
 小さな声だったけどちゃんと耳に届いた桜の声は、やっぱり少し震えていた。



 それから一週間たっぷり時間を取った私は、今日ついに先生に気持ちを伝えようと決意し、先生を待っていた。
 今日のHRの時間に『放課後、社会科準備室の前で待ってます。』と手紙を渡していたので、もうすぐ来るはずだ。段々ドキドキしてきた心臓を押さえながら廊下の奥を見つめていた。
「先生!」
 しばらくして先生が小走りで現れる。
「すみません。遅くなりました。待ちましたか?」
「いえ、大丈夫です。」
「それじゃあ中に……」
 先生が持ってきた鍵でドアを開ける。レディーファーストで部屋に入るよう促す仕種にますます胸が高鳴った。
「あの……」
「はい?」
「本当に彼女はいないんですか?」
「……どうしてそんな事を?」
 一瞬先生の眉が跳ねる。怯みそうになるのを何とか堪えて次の言葉を継いだ。
「先生が私の事を好きだって言ってくれて本当は嬉しかった。飛び上がるくらい喜んだ。私も同じ気持ちだって叫びたかった。」
「風見さん……」
「だけど怖くて言えなくて、そしたら先生が学校辞めるとか言い出して私…どうしたらいいかわからなくなって……」
 俯くと涙腺が緩みそうな気がしたから、真っ直ぐ先生だけを見つめる。視線から吐き出す言葉から体全体から、好きっていう気持ちを余す事なく先生に届けたい。
「……すみませんでした。僕のせいで貴女をこんなに悩ませて、傷つけて。」
「私だって友達を……傷つけました。でもその人が背中を押してくれたんです。その思いに答えたくてここに来ました。」
 先生がゆっくり近づいてくる。そして男性にしては綺麗な手で、優しく頭を撫でてくれた。
 あぁ……この感触だ。何処までも優しくて穏やかで心が満たされる気持ち。私はずっとこれを求めていたんだ。

「彼女なんていません。僕はずっと貴女一筋ですよ。」
「……ぷっ!」
「ちょっ……!笑うところじゃないですよ。」
「だって……あはは!」
「もう……」
 くすぐったくて笑ってしまう。最初は不貞腐れていた先生もその内一緒になって笑った。
「先生?」
「はい。」
「私は頭が固いから、今はまだ先生と生徒でいさせて下さい。」
「…………」
「卒業したら今度こそ私の方から告白します。だからそれまで……」
「待ちますよ。」
「……え?」
「一年でも十年でもそれ以上でも、貴女が振り向いてくれるまで、ずっと待ってます。」
「先生……」
 真剣で真っ直ぐな眼差しに、もう笑う事はできなかった。
「それに今度も僕の方から言わせて下さい。教師としてじゃなく、男のけじめとして。」
「……はい。」
 ふわりと先生が笑う。私が一番大好きな、初めて先生の事を意識した時と同じ笑顔だった。

 夕陽が差し込む準備室の中で、私達はしばらくの間笑い合っていた……

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