秘密の恋〜その相手は担任の先生!〜

便利屋


「…って何で私が本の整理なんてしなきゃいけないのよ!」
 机の上に持っていた本を投げつけながら私は叫ぶ。そしてそのまま椅子に崩れ落ちた。

 ここは古い本特有のちょっと黴くさいような匂いの充満する図書室。読書に縁のない私が何故こんな所にいるのかというと……
「まったく高崎先生ってば、私を何だと思ってるのよ!HR委員長でしょ?図書室の本の整理って図書委員の仕事でしょうが……」
 今日の朝先生から頼まれた仕事。それは図書室にある新刊の図書を分類して、棚に並べるという本来ならば図書委員がやるべき作業だった。
『先日新刊が入ったんですが、図書委員さんも部活やら何やらで忙しいみたいで。今日まで作業が延びてしまっているんです。もし風見さんが放課後時間あったら頼まれてくれませんか?』
「……なんて子犬みたいな顔して言ってくるからつい頷いちゃったけど、思ってたよりも数多いし……」
 机に山積みになっている本を横目で見ながらため息をつく。更に時計を見て項垂れた。
「げっ……もうこんな時間。今日中に終わるかな、これ……」
 時計の針は6時を指していた。この学校は部活も含めて7時までには下校しなきゃいけない規則になっている。
 私はもうすっかりやる気を失ってしまい、机に突っ伏した。

「あぁ~~~……」
「あれ?風見?」
「え?」
 声のした方に目を向けると、そこには昨日再会したばかりの雄太君が立っていた。
 あれ?これってデジャブ?
「何してんだ?お前がこんな所で。」
「見りゃわかるでしょ。本の整理よ。」
「どっからどう見てもダレてるようにしか見えないけど。」
「うるさいわね!さっきまでちゃんとやってたから。今はたまたま休憩中で……ってそう言う雄太君は何しに来たの?まさか本借りに来たの?」
「まさかって何だよ、失礼な。まぁ、確かに俺に読書の趣味はないけどさ。」
「じゃあ何で?通りがかり?」
「こんな場所通りがかるもんか。校舎の一番端だぞ。」
「あ、そっか。」
「俺、図書委員なんだよね。お前ん所の高崎先生にさっき頼まれちまってさ。今日は部活なかったから仕方なく来てやったらお前がいた。以上。」
 一気にそう言うと、中に入ってきて私の隣の椅子に座る。
 そして何も言わず、目の前の本を一冊取った。

「雄太君さぁ……仕方なくって言うけど本来なら図書委員がちゃんとしてれば私が駆り出される事なかったんだからね?ちゃんと仕事しなさいよ。まったくもう……」
「だから今来てんじゃん。」
「もっと早くにって事!」
「はいはい。すみませんでしたー」
「棒読み!」
 私が睨みつけると雄太君はベーっと舌を出す。しばらくそうしていると、私の方が耐えられなくなって噴き出してしまった。
「あはは!」
「イェーイ!俺の勝ち。」
「くっ……負けた…」
 心底悔しそうにしていると、雄太君の真剣な声が降ってきた。

「悪かったな。」
「え?」
「お前図書委員じゃないんだろ?俺がやるから風見はもう帰ってもいいぞ。」
 ぶっきらぼうに言っているが雄太君なりの優しさが伝わってくる。
 私はフッと息を吐くと、同じように本を取った。
「私もやる。乗りかかった船よ。それに一人でやるよりも二人の方が早く終わる。」
「風見……」
「さぁ!後40分くらいしかないよ。口よりも手動かす!」
「お、おう!」
 私の迫力に押されたように返事をする雄太君に笑顔を返すと、作業を再開した。



「やっと終わった~ギリギリ……」
「あぁ……疲れた……」
 私と雄太君は二人して机に倒れ込む。そして同時に長いため息をついた。
 時計は7時5分前。本当にギリギリ……
「よし!帰るか。」
「そうだね……怒られない内に帰ろう。」
 疲れた体にムチ打って椅子から立ち上がると、カバンを肩にかけた。
「一応先生に断った方がいいかな?」
「いいんじゃねぇか?明日で。」
「そうだね。」
 そんな会話をしていると、向こうから誰かが歩いてくる。
 目を凝らすと今話題にしていた高崎先生だった。

「先生!」
「風見さん。お仕事終わりましたか?」
「はい。」
「お疲れ様です。僕も手伝いに行こうとしたんですが手が離せなくて。白石君もありがとうございました。」
「いえ。図書委員なんで当然の事ですよ。それにしても風見がいるならいるって言って下さいよ。ビックリしましたよ、俺。」
「あれ?言ってませんでした?」
「聞いてないっす。」
「それはすみません。ついうっかりしたみたいですね。」
 ハハハ、と先生が笑う。そんな先生に私も雄太君も苦笑した。

 高崎先生ってイケメンで物腰柔らかで生徒にも敬語で話すし、優しいし授業はわかりやすいし密かに女子に人気だけど、たまにこういう天然発動するんだよね~
 まぁそんな所がいいんだけどね。……って別にそう言うアレじゃないから!
 なんて誰に言ってんだかわからない事を思っていると、先生の心配する声が聞こえた。

「風見さん?疲れてます?」
「え?……あ、いえ。大丈夫ですよ。」
「良かった!明日も頼みたい事があるんです。今度は飼育係さんの仕事なんですけど……」
 先生の言葉を聞いた私は、自分の理性がプチッと切れる音を聞いた。

「私は便利屋じゃなーい!!」
 夕暮れに染まる学校に私の叫びが(こだま)した……

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