どうせ、こうなる運命
俺はねぇー、と、男はどこかいたずらっぽく笑う。名前を言いたげな顔をするなんて、私と全く真逆の人間だな、なんて思えた。
……なんか、羨ましい。
そんな感情をこの男に抱くとか。…最悪。そんな自分も大嫌いだ。
「かい。矢浪 海《やなみ かい》」
「…かい?」
一瞬、目を開くように見えた。
それから、男は続ける。
「漢字では海って書く」
聞いてもないのに手のひらでなぞってまでして、ご丁寧に漢字まで教えてくれる。
…矢も浪も海もわかるし比較的簡単に書ける字だが。言葉で伝えた方が速そうと効率を考えたが、私も同じように手のひらになぞる。
「なつは、漢字で夏って書くんです」
「おお、なんか共通点感じちゃーうね?」
カイは気色の悪いほどクネクネして、ふっふっふっと意味深な笑みを浮かべている。
「なつ」
急な、急すぎる名前呼びに思わずぴくりと肩が上がる。
「ふふ、驚いてやーんの」
小賢しく笑うカイに、私は黙って何も言わない。否定は出来ない。だって、驚いてしまったから。
「なに、嫌?」
「…そういうわけじゃない、です」
ただ、と続ける。
「…ナツ、と呼んでくれた人は少数いたんですけど。でも、ちょっと、初対面の人に急にナツって言われるのは、慣れてないです」
「少数?他には?高校のクラスメイトとかにはなんて呼ばれてたの?」
「零堂さんとか」
「うわぁ……」
ぎょっと何かを恐れるような顔をする。
なんか、…そんなことを言うところも、似ている。あの人の顔が過って、胸が絞められたように、ひとりで勝手に胸の内が痛くなる。
それと同時に、私は口を開いた。
「あの、ひとつ約束してほしいんですが」
小さい頃から指導を受けて、人前ではよく正座をして印象を良くしていた。
どんなに話の長い相手だとしても、足が筋肉痛の時でも。我慢も慣れてはいる。
けれど、やはりどうしても長時間の正座は足が痺れるな、と実感しながら。バレない程度によろけて、重い体を起こす。
そのまま立ち上がった私は、膝を曲げて、カイの目線に合わせる。
…決して見下さないように、そして見下ろされないように。そんな距離感と角度で。