鈴志那優良の短編集
それからしばらく話をしていたら、夜中の2時になっていた。人としゃべるのは久しぶりのことだが、それほど苦にも感じなかった。
「わわぁ、今日はもう遅いですね。美代ちゃんお家は」
「ないのよ」
私は優里と話す中でどうでもいい気持ちが勝ってしまい、本当のことをペラペラとしゃべっていた。その返事にはさすがの優里も驚いた様子であわあわとしながらうーんと考えるポーズを取っていた。
「じゃあここに住みますか?」
「私、働けないわよ」
「大丈夫です!私が頑張ります!」
思考が止まる。さすがにその若さで2人分の生活費をまかなえるわけない。どうするつもりなのだ。私はどこにも頼ることもできないのだ。退職金も出なかったし、国からの援助も望めない。楽観的すぎないか。私ですらどうやっても無理だったのだ。無理だ、無理に決まってる。
「私、こう見えて結構稼いでるんですよ」
そうには見えない。この家だってワンルームだし、確かに防犯はしっかりしていてオートロック式だ。マンションの階数だって上の方ではあるが都心という訳でもない。家具も高価なものは無さそうだ。
「疑っていますね?」
「まあ、そうね」
「1ヶ月過ごせたらどうでしょう」
「過ごせたらね。いいわよ」
過ごせなかったら私が出ていくだけの話だ。問題ない。残りの人生優里にかけようじゃないか。もうそうでなくても終わりなんだし、どうでもいいやと思った。
「そしたら寝ましょう。布団は2枚あるので使ってください。狭いですけど」
「そうね。疲れたわ」
今日は眠ることはできるだろうか。最近悪夢しか見ないのだ。いつも飛び起きてしまう。今日は少しいい事があったのだ。ゆっくりと眠れたらいいのだけれど。


─夢を見た。
親戚と姉が一気に心臓の病気になった。親戚も姉も病気で入院させられていた。私は親戚には顔出さずに姉に会っていた。
「あんたなんか生まれてこなければ良かったのよ」
姉がそう私に言った。その顔は私を憎むようで同時に羨むようなそんな顔だった。気持ち悪がってはいたが、羨ましかったのだろうか。何一ついいことなんてないのに。
「もう出ていって」
そう吐き捨てられたところで私は目が覚めた。汗をびっしょりかいていた。時間を見ると午前5時。もう今日は眠ることができそうにない。このまま起きていよう。
ふと隣を見るとあのふわふわ髪の優里が寝ている。少しだけ安心した。私と唯一こんな姿でも同じ目線で話してくれたのだ。そう思うと少し安心できた。それからしばらくぼーっとしていると優里が目を覚ました。
「おはようございます。美代ちゃん」
「おはよう」
「コーヒーでもいれましょうか」
「おねがい」
私は優里の声に少し安堵する。さっきの夢もあってか少し不安だったのだ。否定されたらどうしよう。「もう出ていって」と言われたらどうしようと少し不安だったのだ。
「コーヒーにミルクや砂糖は入れますか?」
「ブラックでおねがい」
「わー、大人ですね」
これから優里は仕事なのだろうか。優里が仕事の間何をしていようか。終わりにしようと考えていたけれど1ヶ月の約束もあるしまだ終わりにはできない。身分証も無い、お金もないではやることがなくなってしまう。しばらく考え込んでいるとコーヒーの香りが漂ってきた。
「コーヒー、お待たせしました」
「ありがとう」
私が考え込んでいたのを察したのか優里が声をかけてきた。
「私は在宅勤務なので、お話もできますよ。時間に余裕もあるのでお散歩もできますよ。月1回は会社に顔見せないと怒られますけどね」
苦笑しながら優里はそう話した。在宅勤務で高収入とは一体どんな仕事なのだろう。ふと部屋を見渡すとパソコンがポツンと置いてあるのが目についた。あれだけが高価なものに見えた。
「何かのエンジニアさんなのかしら」
「うーん、ウェブライターやってます」
ウェブライターってそんなに稼げるものなのか。私にはあまり身近なものでは無いためわからないが1ヶ月様子を見てもいいものだろうか。少しの期待と終わりたい気持ちで複雑な気持ちになってきた。どうでもいいかと思う反面、安心したことも事実なので少し複雑なのだ。
「朝はパン派ですか?ご飯派ですか?」
「私はパンよ」
「パン、焼きますね。あ、そうだ!2人で住むならお引越ししませんか?」
唐突すぎて話についていけない。最近越してきたばかりなのではないのか?そう何度も引越しができるほどのお金がどこからわいてくるのだろう。確かに部屋には最低限の家具と家電しかないように見える。
「さすがに急じゃない?」
「そうですかあ。でも狭いですよね。6畳ですよ?」
「まあ、狭いは狭いけれども」
まさか、社長令嬢か何かの娘だとでもいうのだろうか。だとしたらこんなところに住んでいないよななどと考えていると優里からこう告げられる。
「私はお金もちってわけでもないんですけど、貯金はそれなりにあるんです。そのぅ、助けになりたくて」
優里が私の事情を知っているとでも言うのだろうか。全て見透かされている気持ちになってくる。少し不審感を抱いた。
「せめてお家が見つかるまででも」
「しょうがないわね」
そうだ。まだそのことは話していない。知られているわけが無い。だからまだ今の間だけでも不安を消してくれないか。また安心を少しでもくれないか。私はまた人を頼ってもいいのだろうか。
< 8 / 19 >

この作品をシェア

pagetop