不思議で奇妙なねがいや
完璧な契約友達
いじめられている人、友達がいない人、一緒に給食を食べる相手がいない人、休み時間にしゃべる相手がいない人は一度は思った事があるかもしれない。友達がいたらいいのに。嫌われていなければ、好かれる性格だったら友達がいないということなんかで悩まなくてもいいのに。そんな人に完璧な友達を提供することを行っている人がいる。
知らない友達がクラスに紛れていたら、それは契約友達かもしれない。その特徴は、周囲が気づかないうちにそこにいるということ。昔から、ずっとそこにいたかのように馴染んでいるという不思議な現象は契約友達の特徴だ。先生もクラスメイトも親も地域の人も……みんなが騙されるのだ。
友達がほしい。お金で買えないもののひとつに本当の友達というものがあるが、こういうサービスがあったら利用してみたい人は結構いるのではないだろうか。
「あなたは、本当の友達がほしいのですか? でしたら是非私におまかせください」
放課後、帰宅途中に知らない若い少年に声をかけられた。暇を持て余した僕は、本音を見透かされて戸惑う。
「なんで、僕の思っていることがわかるの?」
「あなたの背中に書いてありましたから」
そんなはずはないが、一応、背中を確認する。しかし、自分の背中を直視することは難しい。顔に書いてあるという言い方をすることはあるが、背中に書いてあるといういい方はこの人がはじめてだと僕は思った。
「私はねがいやという店の店主をしております。ゆえに、道行く人の願望が見えてしまうのです」
正直、その理屈はさっぱりわからないし、そんなことができる人間がいるはずはないと思う。それくらい友達がいない小学生だってわかっている。
「契約友達を派遣するサービスを行っておりますが」
言葉遣いの丁寧な紳士的な少年は優しそうな表情をして提案する。
「一応、友達を作ろうと思っているんだけれどさ、いまいち会話も合わないし、溶け込めないっていうか……」
言い訳がましく少年は自分には非がないことをアピールする。
「完璧な友達ならば、どんな会話でも盛り上がりますよ。空気を読む必要もありませんし、心から楽しいと思える時間を提供してくれます。あなたは気を遣う必要もありませんし、嫌われることもありません」
「その友達は一生友達でいてくれるのかな?」
「契約している限りはずっと友達ですよ」
「僕、お金ないよ」
「大丈夫ですよ。お金はいりません」
紳士的な対応と笑顔が少年の心の扉が開かれる。あくまで無理やりではなく、そっと優しく開けた。それはまるで、他人の家の鍵を開ける泥棒のように。
「でも、クラスにいる子はみんな僕のこと嫌っているし、クラスが違う子だと、休み時間に話したり給食を食べたりできないし」
「大丈夫ですよ。契約友達はいつのまにか溶け込んでいるのですが、誰も疑問に思わないところが特徴です」
「じゃあ友達になりたいな。どんな子なの?」
「あなたが思い描いたとおりの完璧な友達ですよ。契約しますか?」
「契約します」
「じゃあ、明日学校にあなたが必要としている本当の友達が来ます」
「本当ですか?」
「楽しみに待っていてください」
笑顔でお兄さんと僕は別れた。
次の日の朝――
「おはよう」
昨日の少年がクラスにいた。少年は、こちらを見て手をふる。クラスメイトたちは知らない少年がいても、何も感じていないようで、まるではじめからクラスにいたかのようにふるまっている。席だって昨日まではなかったはずなのに、当たり前のように知らない少年の席が用意され、担任も当たり前のように名簿に記載されていないはずの名前を呼ぶ。それはそれは摩訶不思議な現象で、僕は少々不気味に思う。
休み時間は話し相手がいなくて寂しいこともなく、グループ決めのときや給食の時間の孤独もない。僕しか興味が無いようなマニアックな話や誰も笑ってくれないオチのない話にも笑顔で対応してくれる。
その男の子は他の人とも自然に接しており、その子を通してみんなとの距離が縮まった。それは、今までにないような楽しい時間だった。
「君の名前は?」
「願屋《ねがいや》」
とても話が合うと感じるのだが、願屋と名乗る少年は誰にでも好かれており、自分だけの友達じゃなくなるのが少し怖いような気がした。女子からも男子からも好感を持たれ、ほどよい距離で接することができる。理想の人間像がそこにあった。空気を読んで神対応をする願屋は不思議な魅力があった。普通の人間ならば、飽きてしまうエンドレスなつまらない内容でも、いつもにこにこして聞いてくれる。だからなのか、平穏でいつも味方になってくれる願屋のことはみんな大好きになったし、嫌いになる要素を持ち合わせていなかった。というより、好きにしかなれない魔力を持って心を操作していたのかもしれない。女子は全員願屋のとりこになる。
願屋のおかげでひとりぼっちになることはなくなった。グループ決めで一緒になる人がいないという現象はなくなったし、いじめる人はなぜかいなくなった。全て彼のおかげだった。中学校、高校と学校生活は平穏でいつも彼は同じクラスだった。願屋は、当たり前のように大学生になっても同じ大学の同じ学部で、同じサークルだった。ひとつ困ることがあった。好きな女子ができても、みんな願屋のことを好きになってしまうので、どうやっても彼女ができることはなかったし、両思いになることは一度もなかった。いじめや孤独と引き換えに、一人の時間を得ることは難しくなっていった。
中学や高校の時は、自宅に帰れば願屋は遊びに来ることはあっても住みつくことはなかった。しかし、一人暮らしを始めると、いつのまにか彼は住みつくことになってしまった。完璧に家事をしてくれるし、ケンカをすることもないが、僕から離れようとしない。だから、ある時、僕は思い切って言ってみる。
「君とは距離を取りたい。今は大人になったのだし、自分の時間が欲しいんだ。他の友達も欲しい。そして、彼女だってほしい。それなのに、君がいると他の友達や彼女だってできないじゃないか」
「君は、友達がいなくて僕を必要だと言って契約したんだよね?」
珍しく願屋のトーンが低くなる。
「契約と言っても、小学生の時に友達が欲しいかと聞かれて、欲しいといっただけだ。あの時はいじめられていたし、居場所はなかったけれど、今は違う。大学で新しい人間関係を築きたいんだ。だから、僕は少し旅に出るよ」
大学の休みは長いので、長期休みを利用して僕は旅に出た。でも、行く先々に待っていましたとばかりに願屋がいる。あの時は、友達がいなくて神のように思えたのだが、今となっては、幽霊や妖怪のような不気味な存在でしかなく、僕は彼から逃げたくなった。
「なんで、ここにいる?」
「友達の契約をしたからには一生君のそばを離れないよ」
「迷惑だ。消えてくれ」
僕は珍しく彼に対して声を荒げた。
「僕が消えたら君も消えることになるんだよ」
「何を言っているんだ? あの世へ連れていくつもりか?」
「小学生の時の君は、あのまま、現実に耐えかねなくなって命を絶っていたんだよ。でも、ねがいやが現れてかろうじて命をつないだ。その代わり、一生完璧な友達がついて回るってことさ」
「自分の命を絶ったかどうかなんて断言できないだろ。僕は生きているじゃないか」
「あのまま僕が友達になっていなかったら、君は孤独に耐えられたのかい?」
「それは……」
「僕が君の目の前から消えてもいいけれど、それは契約違反なんだ」
「契約違反だと? そもそもサインだってしていないし、契約なんてしていない!!」
「僕が君の目の前から消えてもいいの?」
「消えてくれ」
今まで世話になった情もあったが、これ以上自分の人生に迷惑をかけられたくないと思い、思いっきりきつい言葉を投げた。
「残念だね」
そう言うと、願屋は歩いて離れていく。僕はほっとする。
「そうそう」
願屋がにこりと笑いながらこちらを振り向く。
「僕と契約解除すると、君は命を絶っているということだから」
その言葉を理解できずに頭を逡巡させる。
思考が追い付かずに立ち尽くしていると、僕の体が半分消えていた。
理解が追い付くころに、僕の体は完全に消滅していたんだ。
同時に僕の思考は停止した。
知らない友達がクラスに紛れていたら、それは契約友達かもしれない。その特徴は、周囲が気づかないうちにそこにいるということ。昔から、ずっとそこにいたかのように馴染んでいるという不思議な現象は契約友達の特徴だ。先生もクラスメイトも親も地域の人も……みんなが騙されるのだ。
友達がほしい。お金で買えないもののひとつに本当の友達というものがあるが、こういうサービスがあったら利用してみたい人は結構いるのではないだろうか。
「あなたは、本当の友達がほしいのですか? でしたら是非私におまかせください」
放課後、帰宅途中に知らない若い少年に声をかけられた。暇を持て余した僕は、本音を見透かされて戸惑う。
「なんで、僕の思っていることがわかるの?」
「あなたの背中に書いてありましたから」
そんなはずはないが、一応、背中を確認する。しかし、自分の背中を直視することは難しい。顔に書いてあるという言い方をすることはあるが、背中に書いてあるといういい方はこの人がはじめてだと僕は思った。
「私はねがいやという店の店主をしております。ゆえに、道行く人の願望が見えてしまうのです」
正直、その理屈はさっぱりわからないし、そんなことができる人間がいるはずはないと思う。それくらい友達がいない小学生だってわかっている。
「契約友達を派遣するサービスを行っておりますが」
言葉遣いの丁寧な紳士的な少年は優しそうな表情をして提案する。
「一応、友達を作ろうと思っているんだけれどさ、いまいち会話も合わないし、溶け込めないっていうか……」
言い訳がましく少年は自分には非がないことをアピールする。
「完璧な友達ならば、どんな会話でも盛り上がりますよ。空気を読む必要もありませんし、心から楽しいと思える時間を提供してくれます。あなたは気を遣う必要もありませんし、嫌われることもありません」
「その友達は一生友達でいてくれるのかな?」
「契約している限りはずっと友達ですよ」
「僕、お金ないよ」
「大丈夫ですよ。お金はいりません」
紳士的な対応と笑顔が少年の心の扉が開かれる。あくまで無理やりではなく、そっと優しく開けた。それはまるで、他人の家の鍵を開ける泥棒のように。
「でも、クラスにいる子はみんな僕のこと嫌っているし、クラスが違う子だと、休み時間に話したり給食を食べたりできないし」
「大丈夫ですよ。契約友達はいつのまにか溶け込んでいるのですが、誰も疑問に思わないところが特徴です」
「じゃあ友達になりたいな。どんな子なの?」
「あなたが思い描いたとおりの完璧な友達ですよ。契約しますか?」
「契約します」
「じゃあ、明日学校にあなたが必要としている本当の友達が来ます」
「本当ですか?」
「楽しみに待っていてください」
笑顔でお兄さんと僕は別れた。
次の日の朝――
「おはよう」
昨日の少年がクラスにいた。少年は、こちらを見て手をふる。クラスメイトたちは知らない少年がいても、何も感じていないようで、まるではじめからクラスにいたかのようにふるまっている。席だって昨日まではなかったはずなのに、当たり前のように知らない少年の席が用意され、担任も当たり前のように名簿に記載されていないはずの名前を呼ぶ。それはそれは摩訶不思議な現象で、僕は少々不気味に思う。
休み時間は話し相手がいなくて寂しいこともなく、グループ決めのときや給食の時間の孤独もない。僕しか興味が無いようなマニアックな話や誰も笑ってくれないオチのない話にも笑顔で対応してくれる。
その男の子は他の人とも自然に接しており、その子を通してみんなとの距離が縮まった。それは、今までにないような楽しい時間だった。
「君の名前は?」
「願屋《ねがいや》」
とても話が合うと感じるのだが、願屋と名乗る少年は誰にでも好かれており、自分だけの友達じゃなくなるのが少し怖いような気がした。女子からも男子からも好感を持たれ、ほどよい距離で接することができる。理想の人間像がそこにあった。空気を読んで神対応をする願屋は不思議な魅力があった。普通の人間ならば、飽きてしまうエンドレスなつまらない内容でも、いつもにこにこして聞いてくれる。だからなのか、平穏でいつも味方になってくれる願屋のことはみんな大好きになったし、嫌いになる要素を持ち合わせていなかった。というより、好きにしかなれない魔力を持って心を操作していたのかもしれない。女子は全員願屋のとりこになる。
願屋のおかげでひとりぼっちになることはなくなった。グループ決めで一緒になる人がいないという現象はなくなったし、いじめる人はなぜかいなくなった。全て彼のおかげだった。中学校、高校と学校生活は平穏でいつも彼は同じクラスだった。願屋は、当たり前のように大学生になっても同じ大学の同じ学部で、同じサークルだった。ひとつ困ることがあった。好きな女子ができても、みんな願屋のことを好きになってしまうので、どうやっても彼女ができることはなかったし、両思いになることは一度もなかった。いじめや孤独と引き換えに、一人の時間を得ることは難しくなっていった。
中学や高校の時は、自宅に帰れば願屋は遊びに来ることはあっても住みつくことはなかった。しかし、一人暮らしを始めると、いつのまにか彼は住みつくことになってしまった。完璧に家事をしてくれるし、ケンカをすることもないが、僕から離れようとしない。だから、ある時、僕は思い切って言ってみる。
「君とは距離を取りたい。今は大人になったのだし、自分の時間が欲しいんだ。他の友達も欲しい。そして、彼女だってほしい。それなのに、君がいると他の友達や彼女だってできないじゃないか」
「君は、友達がいなくて僕を必要だと言って契約したんだよね?」
珍しく願屋のトーンが低くなる。
「契約と言っても、小学生の時に友達が欲しいかと聞かれて、欲しいといっただけだ。あの時はいじめられていたし、居場所はなかったけれど、今は違う。大学で新しい人間関係を築きたいんだ。だから、僕は少し旅に出るよ」
大学の休みは長いので、長期休みを利用して僕は旅に出た。でも、行く先々に待っていましたとばかりに願屋がいる。あの時は、友達がいなくて神のように思えたのだが、今となっては、幽霊や妖怪のような不気味な存在でしかなく、僕は彼から逃げたくなった。
「なんで、ここにいる?」
「友達の契約をしたからには一生君のそばを離れないよ」
「迷惑だ。消えてくれ」
僕は珍しく彼に対して声を荒げた。
「僕が消えたら君も消えることになるんだよ」
「何を言っているんだ? あの世へ連れていくつもりか?」
「小学生の時の君は、あのまま、現実に耐えかねなくなって命を絶っていたんだよ。でも、ねがいやが現れてかろうじて命をつないだ。その代わり、一生完璧な友達がついて回るってことさ」
「自分の命を絶ったかどうかなんて断言できないだろ。僕は生きているじゃないか」
「あのまま僕が友達になっていなかったら、君は孤独に耐えられたのかい?」
「それは……」
「僕が君の目の前から消えてもいいけれど、それは契約違反なんだ」
「契約違反だと? そもそもサインだってしていないし、契約なんてしていない!!」
「僕が君の目の前から消えてもいいの?」
「消えてくれ」
今まで世話になった情もあったが、これ以上自分の人生に迷惑をかけられたくないと思い、思いっきりきつい言葉を投げた。
「残念だね」
そう言うと、願屋は歩いて離れていく。僕はほっとする。
「そうそう」
願屋がにこりと笑いながらこちらを振り向く。
「僕と契約解除すると、君は命を絶っているということだから」
その言葉を理解できずに頭を逡巡させる。
思考が追い付かずに立ち尽くしていると、僕の体が半分消えていた。
理解が追い付くころに、僕の体は完全に消滅していたんだ。
同時に僕の思考は停止した。