恋愛日和 いつの日か巡り会うその日まで

お兄ちゃんは
中庭に車イスを止めてから
少しだけ離れたベンチに腰を下ろした


「退院」

その言葉が嬉しくて私は空を見上げた


『お前、ここ出たら俺のアパートに
 来いよ?一人で大学通えないから』


「うん」


あれ……


今までは何処に住んでたんだろう?
実家はさすがに遠いから違うと思うし
お兄ちゃんと2人暮らし?



ひとり暮らしって言ってたのは
聞き間違いだったのかもしれない


『隼人といてもツラくないか?』


「えっ?うん‥‥ツラいどころか
 とても安心してるの」


『だろうな……見てれば分かる。
 まだ記憶が戻らないことは
 俺にはどうでもいい。
 俺にとっては可愛い妹だからな。
 それより日和がちゃんと笑ったり、
 泣いたり出来てれば満足だから』


お兄ちゃん………


同じ部屋で瀬木さんと生活してて
何も感じない訳じゃない


瀬木さんのことは
やっぱり知ってる人だと思うし、
何か言ったり言われたりすると
思い出しそうな感覚になる事が多いから


あの手も声も温もりも
頭は忘れてしまってるかも
しれないけど微かに感覚が残ってる



『日和、そういえば
 お前のスマホあの日壊れたから、
 退院したら新しいの
 用意してやるからな』


「えっ?スマホ?……
 そんなの忘れてた。
 私そんなの持ってたんだね」


階段から落ちたときに
壊れちゃったんだね、きっと。



『おかえり、日和ちゃん』


大学に一旦戻るお兄ちゃんと
エレベーター前で別れてから
病室に1人で戻ってきたら、
瀬木さんと男の人は見当たらず、
あのキレイな人が手招きをしてくれた。


『ケーキ一緒に食べよう?
 ここの甘くて美味しいから、ね?』


「あ……でも勝手にいいんでしょうか」


『いいの、いいの。
 煙草吸いにいってるだけだから』


‥‥‥瀬木さん煙草吸うんだ


あまり匂いとか気にならなかったし、
もしかして私に気を
使ってくれてたのだろうか


「あ……ありがとうございます」


この人は瀬木さんの
本の校正編集という
仕事をしている高城さんという人だった


さっきいたもう一人の人は
その本を売る営業の
和木さんということを教えてくれた


私はケーキをぱくっと食べると
テーブルに置かれた白表紙の
本に気が付く


「…あの……これは?」


『ん?それね、瀬木先生が
 最近書いた本よ。』


えっ?


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